軍師の嫁取り 5~戦の前に誤算あり~

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そして、もう一人、はあーと、大きく息をつく者がいる。 「って、ことはですよ?兄上、皆の前で、劉備様に恥をかかせたということに、なりませんか?」 「恥?均よ、こちらが、恥ずかしかったぞ。子供の様に、旗を飾って喜んでおるのだから」 「いえ、まあ、それは、ああ!そう、そうだ!劉備様は、場を和ませる為に、行ったのではないでしょうか?」 弟の言葉に、孔明は、まさか、と、言いつつ、決して自分の意見を譲ろうとしない。 友の徐庶(じょしょ)に、誘われ、州牧(ちょうかん)の屋敷で行われる集まりに出かけた孔明は、不満たらたらで、戻って来た。 その側では、徐庶が、居心地の悪い顔付きで、送ってやっただけだからと、ブツブツ言っている。 何事かを察して現れた兄嫁、月英が、まあまあ、ようお越しでなどと、賑やかに徐庶を出迎え、茶を召し上がれと、話を聞き出しにかかった。 その間、均が、兄の相手をしているのだが、話の節々で、何が起こったのか、悟ったのだった。 実のところ、均も、期待していたのだ。 名のある者達が、集まり、客として、滞在している劉備を囲むというのだから。 仕官、と、まではいかずとも、何かしら、繋がりというものができるのではないかと。 どうやら、孔明は、皆で討論出来ると思っていたらしい。 蓋を開ければ、ただの、ばか騒ぎだった、と、劉備までが、あのようにだらけきっていては、ここ、荊州(そしゅう)は、しいては、国はどうなるのだと、ご立腹だった。 「だからな、見かねた私は、言ったのだよ」 だからっ、それ、それでしょ、原因はっ! と、言って通じる兄ではない。 戻って来た徐庶の、あの、渋い顔が、すべてを物語っていた。  これは、相当に、やりあっている。 確実に仕官の道は遠退いたのだと、均の体から、力が抜けた。 才は、抜群に秀でているのに、どうして、空気が読めないのか。 いっそ、義姉上(あね)と、一緒に行けばよかったのかも。下手すれば、その立回りの旨さで、義姉 が、仕官できたかもしれない。 などと、思いつつ、世の中どうして、上手くいかないのだろうかと、均は、堅物の兄を見る。 と、その義姉(あね)、月英が、戸口で物欲しそうに、均へ、一言……。 「均様、夕餉の時間が近づいてますわよ。(わたくし)お腹ペコペコ。何しろ、旦那様が、土産を持ち帰らかったのですからねえ」 ん?と、妻のひと言に、孔明が首をかしげた。 「だって、飲み食い自由だったのでしょ?それを、みすみす、見逃して、旗をどうのと、非難するだけで、戻ってらっしゃる」 黄夫人、それは……、と、孔明は、自身の正統性を語ろうと構えるが、 「ですからね、旦那様、そうゆう場の名士は、ひと笑いして、酒杯で、まとめて、ごまかすのものなのですよ。まあ、お酒の苦手な旦那様の場合は、そこで、退席されても、構わないと思いますがね。そして、私達の為に、用意されている食事を包んで帰ると、そこまでで、完璧なのです」 皆の面子も守られて、私達も、お腹一杯。なのに……。旦那様は。 「いや、徐庶が、無理矢理引っ張ってですね……」 孔明は、言い渋る妻へ、精一杯の釈明をしようとする。 月英の機嫌は取れるのに、なぜ、外では、立ち回れないのだろう、と、均は思う。 「ですからね、黄夫人、私は、なにも、騒ぎを起こしたかった訳ではなくて……」 「ええ、分かっておりますよ。悪いのは、騒ぎを収められなかった、劉備様。まったく、公と、私での、名士の扱い方が、分かってらっしゃらないんだから」 「そうでしょ!黄夫人!私に、非はありませんよね!」 「まさか!旦那様にも、非、だらけ!」 つまり、お互いに人の扱い方が分かってないのだと、月英は続けた。 劉備を怒らせたのは、孔明の非であり、孔明を不快にさせたのは、劉備の非であり、それ以前に、お互い、人の集まる場所で感情を剥き出しにしてしまったのが、最大の非である、と、いい放った。 「よろしいですか、武であろうが、商であろうが、その上に、立つ者は、怒るものではないのです。下の者は、その様なことは、望んでおりません。そこを、上手く、こなせてこそ、一流の男というものなのです。いえ、名士の世界では、当たり前。出来ない者は、無粋者と、すぐに、つま弾きにされますわ」 おおー!なるほど!! と、均も孔明もついでに、食事の用意をすべきか伺いに来た、童子まで、月英の独演会に、パチパチと拍手を送っていた。 「まあ、皆様、ありがとうございます」 では、お食事ができるのを待ちましょうかねぇ、と、月英は、部屋を出て行く。 その後ろ姿に、均は、さすがは、黄承彦(こうしょうげん)の娘だと、見惚れつつ、童子に、小突かれ、はっとする。 「ああ、そうだな!童子や、夕餉は、何を作ろうか?」 「えーと、山菜を、いくらか、頂いてます」 そうか、そうか、と、言いながら、均も食事の用意のために、童子と供に、裏方へ向かった。 一人残された、孔明は思う。 果たして、自分は、どうすればよかったのかと──。
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