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教えられた通り、劉備は、孔明の家へと、関羽と張飛を連れ、田舎道を馬に揺られている。
あれから、直ぐに向かおうと思ったが、日が暮れると反対された。
何の事やらと思ったが、訪ねる諸葛亮とやらの、住みかは、成る程、街外れどころか、一山越えた辺鄙な村にあった。
そこからは、農作業をしている、農夫に諸葛亮の家を聞けと、また、なんとも大雑把な説明のまま、劉備は、目的地までの道のりを、人づてで、進んでいる。
ところが、不思議な事に、尋ねる者は、皆、ああ、と、含み笑いながら、その先で、また尋ねる様にと、答えるのだ。
「いったい、どこに住んでいるのやら」
「本当に、こんなところに住んでいるのだろうか?」
と、従者は、いぶかしんでいる。
だが、劉備は、不思議に思っていた。尋ねる者すべて、諸葛亮の事を知っているのだから。
……さすが、伏竜鳳雛と、呼ばれるだけはある。皆に知られているとは。
劉備は、関羽や張飛のぼやきとは異なる、一種、感動に似たものを感じていた。
そして、いい加減にしてくれと、ついて来ている二人が、苛立ちを爆発させる頃、桑畑が見えて来た。
そこでまた尋ねると、もう目と鼻の先、先の畑に、家の者がいると、教えられた。
「さあ、お前たち、先生と、お会いできるぞ、そろそろ、機嫌を直しなさい」
劉備は、不機嫌な関羽と張飛をたしなめるごとで、自らの胸の高鳴りを押さえにかかる。
このような、人里離れた場所で、日々、書を紐解く、そして、尚、名師匠に、教えを乞うとは、やはり、かなりの人格者だ。ゆえに、里の人びとにも、慕われ、皆が、住みかも知っているのだろう。
これは、自分など、未熟過ぎて、相手にされないのではなかろうか。と、劉備は、ふと思う。
まあ……、大きな意味で、その予感は当たってしまうのだが、この時の劉備には、想像もつかなかった。
そして──。
確かに、畑が見えてきた。年若い男が一人、鍬で、土地を耕している。
どことなく、農夫らしからぬ気品のようなものが、漂っており、劉備は、もしや、と、思い、馬を降りた。
「お忙しいところ、失礼いたします。あなた様は、伏竜鳳雛先生でしょうか?」
と、声をかけた。
うわっ、と、若者は、慌てふためき、ふるふると、首を振りつつ、自分は、違う。それは、兄のことだと、落ちつきなく言った。
「なんと、ここに来てまで、人違いとは」
「あー、くたびれたわい」
背後で、いかつい大男達が、悪態をつく。
「ひいーー!!」
と、若者は叫び、そのまま、走り去った。
「あ、あの、もし!」
劉備は、慌てるが、見れば先にある、庵と言って良い、小さな家へ飛び込んだ。
「成る程、あそこが、先生のお住まいか……それにしても、お前達!なんだ、あの態度は!」
兄、と、言っていたところから、おそらく、弟君。先生のご家族に対して、なんたる口のききかたぞ!と、劉備は、関羽と張飛を叱咤する。
やってしまったと、ばかりに、しゅんとする二人には目もくれず、劉備は、不味いことになった、と、思いつつも、しかし、さすが先生の弟君、畑仕事に精を出すとは、まさに、「晴耕雨読」の生活を送っているということかと、まあ、それなり、正しくはあるのだが、かなりの過剰評価をしつつ、後を追った。
一方、畑で、声をかけられた、均は、あれは、きっと、そうに、ちがいないと、大慌てで、家へ飛び込み、
「童子、童子ーー!」
と、何故か、童子を呼んでいた。
「はーい!」
と、裏庭から返事がする。
「童子、童子、来たぞ!何故かわからぬが、兄上を訪ねて、賭場荒らしが、やって来たのだっ!!」
均は、転がりながら、童子の元へ向かった。
裏庭に、自生している、韮を駆っていた童子は、均の一声に、反応した。
「なんですって!!」
「ああ、何故かわからぬが、兄上を訪ねて、ふさふさ髭と、グリグリ目玉の、大男がやって来た!」
「関羽と張飛だ!!もしかして、旦那様、街で、博打を?!あいつら、取り立てに?!」
「えーーー!兄上が、博打を!」
「均様、おそらく、徐庶様あたりに、そそのかされて!!」
「人を疑うのは、良くないが、あり得る話ではあるっ!」
「分かりました、童子が、相手をします。いざとなったら、父ちゃんが、いますから、安心してください!」
「す、すまんが、頼めるか?私では、無理だ、あの、迫力は!」
そうでしょうとも、と、童子は頷きながら、私の方が、慣れてますから、と、なぜか、韮を駆っていた、鎌をしっかり握り、ニヤリと笑った。
「うん、ひとまず、童子、お前にまかせた。私は、義姉上に、知らせてくる」
「あー、均様、奥様は、お昼寝中、と、いうか、なぜか、旦那様もご一緒に……」
なんだそれは、今日に、限って何をイチャイチャしてるんだっ!
均が、余計な事を考えている時、表から、御免、と、声がした。
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