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―――陽太郎くん…って!? あの??
薫は飛び起きた。
何で、いきなり家電…?? いつもはSNSのメッセージなのに。
歩きながらも心臓がばくばくする。
薫は震える手で受話器を取った。
「…あの。薫です」
『久しぶり。突然ごめん。こっち帰ってたから、直接かけちやって』
「あ、いえ…」
『母から聞いたんだけど…、薫くん、医学部受けるんだって?』
そんな情報、どこから…。
たぶん、北川病院に掛かったうちの親族なんだろう…けど。まったく、プライバシーも何もあったもんじゃない。
まあ、でも、陽太郎さんなら。
「あ…、はい。そのつもりです」
『どの辺の大学を受けるつもりか、聞いていい…?』
「えっと、あの…陽太郎さんの大学、です」
動機が動機なだけに、直接本人に言うのは恥ずかしい。
『え、ホント?』
「はい…。もちろん、これからの成績次第…ですけど」
『そうか! うちの大学か…』
そうか、と陽太郎がうれしそうに繰り返すから、何だかこそばゆい。
『じゃあ、合格したら、来年の春からまた俺の後輩になるんだね』
「…はい」
追いかけている。いつまでたっても追いつけないけれども。
『そうだ。薫くん、明日、時間ある?』
「えっ…」
『塾とか?』
「…あ、お盆中は休みなんで、大丈夫ですけど」
『せっかくだから、うちの大学、見に行かない? 俺が車出すから。高速ならそんなに時間かからないし。一緒に行ってみない…?』
息が止まる。
え。何、これ。突然。あり得ない。
「…え、でも。陽太郎さん、忙しいんじゃ……」
『お盆は暇だよ。バイトもないし、うちの実家はお盆だからって親戚が集まるとかもないし。薫くんのとこは?』
「うちも、特には…」
『勉強のスケジュールが狂ってしまうとか、嫌なら断ってくれていいよ』
思わず首を振る。
「いえ。それはないです、大丈夫です。けど、なんか、申し訳ないというか」
『薫くんが後輩になるかも、なんて聞いたら、何かしてあげたくなるのは当然でしょ? どうする…?』
戸惑いとうれしいが渦巻いて、電話の横に貼ってあるカレンダーの数字を意味なく目で追う。
うちの大学、見に行かない?
一緒に行ってみない…?
何かしてあげたくなるのは当然でしょ?
どうする…?
陽太郎さんに、そんなこと言われたら。
答えは一択しかないじゃないですか。
「…お願いします」
『じゃあ、明日…そうだな、10時ぐらいに迎えに行くよ』
「ありがとうございます。…よろしくお願いします」
電話を切って、自分の部屋へ駆け込み、ベッドへダイブした。
嘘だろ。嘘みたいだ。
陽太郎さんが、陽太郎さんの車で、大学へ連れて行ってくれるって……そんなこと、本当にあり得ない。
でも。
ふと、気づく。
明日は、陽太郎さんと二人きり…だ。
気持ちにしっかり鍵を掛けて、心の奥底に沈め、昔と同じように”弟”の立場をわきまえて。
変に意識したりしませんように。…なんか、意味なく赤面とかしそうで怖い。気持ち悪がられたら、どうしよう……。
薫はベッドでうずくまり、頭を抱える。
大学を案内してくれるだけだし、たぶん、さっと行って帰ってくるだけだから、大丈夫だ。
きっと、大丈夫だ。
いくら手綱をきつく引いても、暴れ馬のように浮ついた気持ちは、勝手に跳ね出しそうだった。
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