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「…薫くん!! 薫くん!!」
なんか…優しい匂いがする。
お日さまのような……
右の頭はじんじん痛いが、それよりも何かとても安心できるものに包まれている気がして、薫は朦朧としながら、お日さまの匂いのする方へと頬を寄せた。
「薫くん!!」
頭上から切羽詰まったような声が聞こえた。
薫の体を支える腕に力が入り、ぎゅっと抱きしめられる。
苦しいよ……
「薫くん!薫くん!!」
この声って……?
薫は、ゆっくりと目を開けた。
薄暮の中、心配そうに自分を見つめる切れ長の二重が見えた。
「…陽太郎…くん……?」
「よかった……」
深いため息まじりの安堵の声がして、また、ぎゅうっと抱きしめられた。
「薫くん、死んだかと思って……めちゃくちゃ焦った……」
「陽太郎くん…?」
黒い長い睫毛が潤んで、頬にぽろりと涙がこぼれた。
キレイだな……と、思った。
すごくキレイ……
薫は無意識に指を伸ばすと、陽太郎の涙のしずくに触れた。
陽太郎の肩がぴくりと震え、顔が上がる。
「あ、ごめん…。俺が泣いてたらだめだよね」
なんか、ほっとしちゃって――手の甲でぐいっと頬を拭った陽太郎は、ははっと照れくさそうに笑い、薫を解放した。
濡れた切れ長の二重。
キレイ……
薫は、ぼんやりと陽太郎に見とれていた。
「薫くん、大丈夫? どっか痛いところある?」
「…え? ん…と、頭。あ、たんこぶになってる…かも」
薫が差し示すあたりを、陽太郎が慎重に触れる。
「痛っ」
「あ、ごめん。ちょっと血が出てるね」
陽太郎はハンカチを取り出すと、優しく当てた。
「後は、どうかな?」
「えーっと…」
立ち上がろうとして、左足首にずきんと痛みが走る。
「こっちの足、すごく痛い…」
「捻挫かな。骨折とかじゃないといいけど……」
陽太郎が、薫へと背を向けてしゃがんだ。
「俺がおんぶして行くよ」
「え。…でも……」
「ほら、もう暗くなってきたから」
薫は、陽太郎に背負われて、山道を下る。
「もう大丈夫だよ。俺がいるからね」
「…うん」
あたたかな、お日さまの匂いのする背中。
時折、よいしょ、と背負い直される。
「陽太郎くん……ごめんなさい」
「心配したよ。てつと武志とたまたま道で会って、薫が山から戻って来ないって。遅れた薫を置いてけぼりにしたって言うから、怒っといたよ」
「…僕が足、遅いから……」
「すぐに幸次たちに声かけて、手分けして探しに来たんだ。何となくこっちかな、って思って登って来たら、薫くんが倒れてて、めちゃくちゃ焦った……」
「ごめんなさい…」
「3人で山に来たの?」
「…うん」
「何しに?」
「黄色いキイチゴ…食べに」
陽太郎が、はあーっと深くため息をついた。
「キイチゴの谷って、結構遠いよ。無謀だよ。無謀、ってわかる?」
「わかんない……」
「無茶は?」
「わかる…」
「まあ、よく帰って来れたと思うけど。もう、勝手に行っちゃダメだよ」
「…はい」
「薫くんが倒れてんの見て…ホント、焦った。声かけても、最初全然目開けないし……」
薫を背負う手にぎゅっと力が入る。
「ホントに、ダメだからね」
「ごめんなさい……」
薫は、揺れる背中にぺたりと頬をくっつけた。
「ごめんなさい…陽太郎くん、ごめんなさい……」
「もう、いいよ。薫くんが大丈夫だったから」
「…うん」
遠くから、自分を探す声がする。ライトのような光も見えた。
「薫くん、見つかりましたー!!」
陽太郎が、声を張った。
頬をつけた背中から直接耳に響く、陽太郎の声。お日さまの匂い。
申し訳なくて、でもうれしくて、胸の奥が温かいのに、風に木の葉が揺れるみたいにさわさわして、薫は陽太郎にきゅっとしがみついた。
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