1. お日さまのような人

3/3
前へ
/12ページ
次へ
「…薫くん!! 薫くん!!」  なんか…優しい匂いがする。  お日さまのような……  右の頭はじんじん痛いが、それよりも何かとても安心できるものに包まれている気がして、薫は朦朧としながら、お日さまの匂いのする方へと頬を寄せた。 「薫くん!!」  頭上から切羽詰まったような声が聞こえた。  薫の体を支える腕に力が入り、ぎゅっと抱きしめられる。  苦しいよ…… 「薫くん!薫くん!!」 この声って……?  薫は、ゆっくりと目を開けた。  薄暮の中、心配そうに自分を見つめる切れ長の二重が見えた。 「…陽太郎…くん……?」 「よかった……」  深いため息まじりの安堵の声がして、また、ぎゅうっと抱きしめられた。 「薫くん、死んだかと思って……めちゃくちゃ焦った……」 「陽太郎くん…?」  黒い長い睫毛が潤んで、頬にぽろりと涙がこぼれた。  キレイだな……と、思った。  すごくキレイ……  薫は無意識に指を伸ばすと、陽太郎の涙のしずくに触れた。  陽太郎の肩がぴくりと震え、顔が上がる。 「あ、ごめん…。俺が泣いてたらだめだよね」  なんか、ほっとしちゃって――手の甲でぐいっと頬を拭った陽太郎は、ははっと照れくさそうに笑い、薫を解放した。  濡れた切れ長の二重。  キレイ……  薫は、ぼんやりと陽太郎に見とれていた。 「薫くん、大丈夫? どっか痛いところある?」 「…え? ん…と、頭。あ、たんこぶになってる…かも」  薫が差し示すあたりを、陽太郎が慎重に触れる。 「痛っ」 「あ、ごめん。ちょっと血が出てるね」  陽太郎はハンカチを取り出すと、優しく当てた。 「後は、どうかな?」 「えーっと…」  立ち上がろうとして、左足首にずきんと痛みが走る。 「こっちの足、すごく痛い…」 「捻挫かな。骨折とかじゃないといいけど……」  陽太郎が、薫へと背を向けてしゃがんだ。 「俺がおんぶして行くよ」 「え。…でも……」 「ほら、もう暗くなってきたから」  薫は、陽太郎に背負われて、山道を下る。 「もう大丈夫だよ。俺がいるからね」 「…うん」  あたたかな、お日さまの匂いのする背中。  時折、よいしょ、と背負い直される。 「陽太郎くん……ごめんなさい」 「心配したよ。てつと武志とたまたま道で会って、薫が山から戻って来ないって。遅れた薫を置いてけぼりにしたって言うから、怒っといたよ」 「…僕が足、遅いから……」 「すぐに幸次たちに声かけて、手分けして探しに来たんだ。何となくこっちかな、って思って登って来たら、薫くんが倒れてて、めちゃくちゃ焦った……」 「ごめんなさい…」 「3人で山に来たの?」 「…うん」 「何しに?」 「黄色いキイチゴ…食べに」  陽太郎が、はあーっと深くため息をついた。 「キイチゴの谷って、結構遠いよ。無謀だよ。無謀、ってわかる?」 「わかんない……」 「無茶は?」 「わかる…」 「まあ、よく帰って来れたと思うけど。もう、勝手に行っちゃダメだよ」 「…はい」 「薫くんが倒れてんの見て…ホント、焦った。声かけても、最初全然目開けないし……」  薫を背負う手にぎゅっと力が入る。 「ホントに、ダメだからね」 「ごめんなさい……」  薫は、揺れる背中にぺたりと頬をくっつけた。 「ごめんなさい…陽太郎くん、ごめんなさい……」 「もう、いいよ。薫くんが大丈夫だったから」 「…うん」 遠くから、自分を探す声がする。ライトのような光も見えた。 「薫くん、見つかりましたー!!」 陽太郎が、声を張った。 頬をつけた背中から直接耳に響く、陽太郎の声。お日さまの匂い。 申し訳なくて、でもうれしくて、胸の奥が温かいのに、風に木の葉が揺れるみたいにさわさわして、薫は陽太郎にきゅっとしがみついた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

74人が本棚に入れています
本棚に追加