ドント・リメンバー

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海にいたはずの俺は、まるで空の真ん中に放り出されたような360度美しいスカイブルーに囲まれた空間で目が覚めた。雲一つない快晴の中、確かに上からは太陽光が照りつけている感覚があった。 …え?俺たしか…。ここは?…まさか天国? 飛んでいる感覚はないが、空の真ん中で、あるはずがない地面の上に立っている感覚だった。 俺はとりあえずゆっくり歩き出した。どこに向かうでもない。いくら周りを見回しても同じ景色が広がっていた。 …一体ここは何なんだ。俺はほんとに死んじまったのか。 「…ねぇ。」 ハッ!右側から声がして振り向いた。可愛らしい女性がすぐ横にいて、こちらを見ていた。白いワンピースに透き通るような白い肌。俺は心を奪われたように、ただその女性を見つめてしまっていた。 そして、彼女も俺の顔を見るなり固まっていた。 「…あなた、まだ若いわね。何してたの?」 「何って…。海で沖に流されたカスミを助けようと…。」 「あぁ、じゃあさっきいた女性は、そのカスミさんね!」 「え!?カスミもいるの、ここに!?」 「さっきまでいたけど、もう旅立ったわ。」 「…旅立った?」 「あぁ、この場所がどこかわからないものね。ここは、あの世の入口。入口ってのは、うーん、ホテルで言うロビーみたいなものよ。ここからあの世に順番に案内されるの。」 「あの世?じゃ、じゃあやっぱり俺は死んだのか!?てか、カスミも?」 彼女はコクンと頷いた。 俺は自分が死んだことよりも、カスミも死んでしまったことが衝撃で、崩れ落ちるように、ないはずの地に膝をついた。 「そんな…。」 「…死ぬってショック?」 「え?」 俺は何を言ってるんだという表情で顔を上げて彼女の顔を見た。彼女は悲しい顔をしていた。 「私は過去の自分を知らないの。今はここであの世への案内人をしてるけど、私は自分の生前の記憶がない。生きるとか死ぬとかそういう感覚もない。私の時間はこの姿のまま百年以上止まったままなのよ。」 普段ならあり得ない話でも、この状況なら信じてしまう内容だった。 「…あなたも元々は生きていたんですか?」 変な質問してるなと思いつつ口から出てしまった。 「うん。でも、そう聞いてるだけ。何にもわからないの。…さっきのカスミさんはあなたにとって大事な人?」 「はい、大事な人です。」 「家族?」 「恋人です。」 「恋…そう、私そういう感情もわからない。」 「…人を好きになったことは?」 彼女は首を横に振った。 「昔はあったのかもしれないけど、記憶もないし、今はそういう感情とか余計なものは排除されてるの。」 「…あなたはどういう存在なんですか?」 「…私はただの案内人。それだけ…あ、時間だわ。あなたもあの世に案内するわ。」 「ちょ、ちょっと待って!」 「皆さん、最初はそう言うわ。大丈夫、行ってしまえばそこは平和な場所。あなたの大事な人も先に行ってるんだから。」 彼女は俺の腕を掴んで歩き始めた。華奢な身体だけど力は強い。けれど、心なしか彼女から震えているような感覚が伝わってきた。 そして、俺は涙を流している自分に気が付いた。 …何だ、この感覚。カスミはもういない、生きる糧が失われた今、生きることに固執することなんか無いのに、死にたくない、死にたくない、死にたくない。 「…死にたくない。」 思わず口から出てしまった俺の言葉を聞いて、彼女は足を止めた。 「まだ生きたい?」 彼女は俺の顔を見ることなく呟いた。 「…死にたくない…です。」 「なら、生き返らせてあげようか?」 …え? 俺は彼女の顔を見たまま固まった。 「フフフ、何その顔。」 「生き返らせることができるんですか?」 「ほんとは駄目よ。…何故か、あなたを見てると私が生きてた時のこと思い出せそうなの。なんか今までに無い感じ。でも、私もそれ以上はわからない。」 「カスミは?」 「それは無理。もうあの世に行ってしまった人間は戻せない。私みたいになるか、輪廻転生でまた新たな人生を歩むか、どっちかね。」 「…そうですか。」 俺は何の根拠もないはずの彼女の言葉を信じていた。 「…あなたは生き返ることはできないんですか?」 俺の質問に彼女はキョトンとした。 「…考えたこともなかった。多分、そういう思考にならないように仕組まれてたのかも。…でもね、私が仮に生き返っても居場所なんてもうないもの。百年以上前に生きていた人間が、今の世の中で生きていけると思う?知り合いもいないのに。」 「俺がいますよ。」 「…え?」 「俺がいますよ。もしあなたが生き返ることができたなら俺が一緒に。」 「…ありがとう。先に戻ってて。一年…一年後にあなたの元に行くわ。迎えに行く。それまで私を覚えてて。約束よ。」 彼女はそう言うと小指を差し出し指切りげんまんをした。指切りげんまんなんて何年ぶりにしたのだろう。 彼女は優しい笑顔を俺に見せた。その笑顔を最後に俺の視界は暗闇に包まれたのだ。 再び目を開けると俺は病院のベッドにいた。いくつもの管を付けられた姿は、正に生死を彷徨っていたのだろう。よく聞こえなかったが、チラリと見えた家族や友人たちが俺を見て大騒ぎしていた。 …そうか、俺、生き返ったんだ。
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