嵐の来訪

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ハッ、と息を呑む。おれ以外誰も居なくなったはずの部屋から今一番聞こえてはいけない声がした気がする。 「無視か?暁、」 声が聞こえるのはカーテンの仕切りの奥。シャッと音がしてカーテンが開けられる。そこに居たのは今一番ここに居てはいけないランキング1位の蓮だった。 「、いつからそこに」 「いつから?たぶん、お前の想像通りだぜ」 ………つまり、最初から居たということだ。 「お前の泣き顔を見たあの教師(ふたり)をぶっ殺してやりてぇ」 狼を彷彿とさせる切れ長の瞳に光は無い。 「俺じゃ頼りないか?有馬より九条よりお前の事をわかっているのは俺だ。お前はその事をわかってない。ずっと一緒だって約束しただろ?辛いことだって、怖いことだって、楽しいことだって、悲しいことだって、全部一緒じゃねぇと、なぁ?」 頼れる幼馴染である事には違いはなく、おれの事をすごく思ってくれていて嬉しいが、たまにこんな風になるときがある。それは決まって、おれに身に何かが起きた時だ。 「ちょっと、一旦落ち着こう」 開けたカーテンの横に立っている蓮の表情は"無"で本当に思っているのかそうでないのかすら汲み取れなかった。落ち着いて、と促したのはおれだが、発言している本人は特に興奮している様子もなく、至極当然であるようにおれのいるベッドに近づき、おれの上にまたがるようにして座る。 「最初からこうしておけばよかった。有馬にも九条にも生徒会のやつらにも、誰かに奪われるより先に」 「…、どういうことだ?」 「そんまんまの意味だよ」 困惑しているおれの問いかけを無視して、腹を這う手をそのままにおれの制服のシャツのボタンを器用に片手で外す。 「お前は気付いてねぇだろうが、この学園にはお前と一発ヤりてぇって思ってるヤツが沢山居んだよ。ぽっと出のクソ野郎どもに奪われるぐらいなら俺が貰うって言ってんだ」 …なんだって?誰が誰と何したいって?と、いうか、いまから蓮がおれと? 「……ごめん、おれが悪かった、頼む。やめてくれ、お前とこんなことしたくな、っ!」 「……"お前"と?俺以外の誰とスるつもりだ?」 さっきからずっと蓮はおれに怒ってる。いつも通りに戻って欲しくて謝ろうとするも、乳首をぎゅっとつねられ、言葉を遮られた。 「だれともしない!しないから!つねらないでくれ、いたい、なんで怒ってるんだ、」 「別に怒ってねぇし、痛くしねぇよ。」 違う、そういうことじゃない。なんでわかってくれないんだ 「ちがう、そうじゃなくてっ、うぅ……ちが、ちがうくて、」 いつも、おれ自身よりも、''神宮 暁''という人間を理解してくれていた蓮がわかってくれないことに何故かすごく悲しく感じ、さっき引っ込んだばかりの涙が今度は堪えられず両目からポロポロと零れ落ちてくる。 「あきら……?泣いてるのか?」 「泣いでな゛い゛…!」 さっきまで余裕そうで飄々とした顔をしていた蓮が目に見えるように狼狽え始める。 「落ち着け。俺が悪かった!お前の事を犯してしまいたいぐらい心配なんだ、何もされたくないなら俺に心配させるな。他のやつに触れさせるな。女も男もだ、わかるよな?」 つねられ赤くなっていた乳首をそっと撫でながら蓮が言う。コクリ、と頷き返事をすると、にっこりと満足そうに笑った。 「暁の耳、好きだ、俺とお揃いのピアスでいっぱい。俺がお揃いにしろって言ったから開けたんだよな」 先程まで乳首をいじめていた細長い指で今度は耳の縁をなぞられ、ゾクゾクとした何かが背中を走る。 「ん、そうだ、蓮がしろと言ったからした。これを見てわかるだろ、おれはお前の嫌がることはしないしして欲しいことはする」 セックスは別だけど、と小声で付け足すと蓮は更に笑みを深め目にシワを作った。 「イイな、そのセリフ。そうだな、お揃い増やそうぜ?今度はここに。」 トン、と指した位置は腹の真ん中だった。 「…へそ、?腹の真ん中…?」 「ああ、ほら」 めくったシャツの下にあったのは美しい腹筋と縦長の臍を飾る赤い宝石の付いたピアス。 「カワイイだろ?普段ヤるときは脱がねぇからお前が初めてご対面だぜ」 「無理、だ。そんなの、痛いのは、嫌だ」 普通に考えて痛いに決まっている。治まりかけていた涙が再び溢れそうになる。 「俺のして欲しいことはしてくれんだろ?セックス以外」 おれの頭をくしゃっと撫でから上から退いて、自分が元々居たベッドの横に置いてあったカバンの中からピアスを開けるための道具を持ってもう一度おれの上に座った。…なんで持ってるんだ? さっきの間に逃げればよかった、が、腰が抜けて動けなかったのだ。 「待ってくれ、頼む、腹だぞ。しぬ」 「死なねぇよ、」 ささやかな抵抗の間にも準備は進められていき、へそに消毒液が塗りこまれる。 「痛くしねぇから、な?だめか?」 にやにやとした表情を引っ込め、捨てられた子犬のような表情を浮かべ見つめてくる。 (顔の良さを自覚しているやつは性質(タチ)が悪い) 「ぜ、絶対に、痛くなしないでくれ、」 その表情に、ついに意思が負けた。 「俺がお前の嫌な事をしたことがあったか?信じろ、頼れよ、お前が泣く場所は俺の前以外許さない」 ニードルの冷たさがへそに触れる。 「ん、も、わかった、から、やるなら、一思いにやってく、れ!」 鉄の温度が人肌になった頃、そう言う。逆に焦らされすぎて、恐怖心がぶり返してきたのだ。 「言ったな、いくぜ」 ブチ、と肉を裂く音がし、痛みと熱さが同時に襲ってくる。 「ッ!」 「動くな」 痛みは覚悟していたものの、熱さが来るとは思わずに驚きのあまり身をよじると制され、瞬く間にピアスがつけられる。その手際の軽いこと。 「…むらさき?」 つけられたピアスはアメジストがついていた。 ────目の前にいる男の瞳のよう 「俺は赤、お前は紫。いいだろ、俺はお前のモンで、お前は俺のモンだ」 可愛らしい独占欲の表れだと気がついた瞬間、痛みが霧散し、形容しがたい気持ちにおそわれる。 「誰にも見せるなよ、その(ピアス)。それを見たやつの命は無いと思え」 自分の子を愛でるように自分とおれの腹を優しく撫でてそう言う。 「…ああ、わかった」 あまりにも愛しいものを見るように(ピアス)を見るのでそう返事をする。 「あとな、暁。俺はお前に頼られなくなるのがいちばん悲しい。いちばん辛い。今後一切こんな思いをさせるな。次倒れてみろ、俺ん家で一生飼ってやるよ」 「ありがとう、飼われるのは困る。お前がそう言ってくれている間は存分に頼らせてもらう」 おれの上から降り、自分のシャツを着て腹の小さな独占欲を隠し、ご丁寧におれにもシャツを着せてくれる蓮に頭を下げる。 「頭なんて下げんな、オレサマ生徒会長なんだろ?俺の事を顎で使うぐらいしてみろ」 まだ寝てろ、と強制的におれを横にさせ、言う。 「蓮には頭が上がらないぞ」 「バァカ、そんな事ばっか言ってんな。俺はもう満足したし一旦仕事に戻るが、お前は絶対そこに居ろ。絶対に動くなよ」 念を押して保健室から出ていく蓮を見送り、枕に頭を預ける。倒れて起きたばかりの出来事にしては濃すぎたようで、脳がパンクしている。 自然と瞼が落ち、すぐに暗闇が訪れた。
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