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 ちょうど来ていた電車に乗り込む。各駅停車だからかそこまで混みあってはいない。それでも、席は埋まっていたのでドアのすぐ近くに陣取った。  ドアが閉まり、電車が発車する。ギターを練習していることを伝えられなかった。そう思うと、堰を切ったように涙が流れてきた。  言えばよかった。桃源郷で、秋廣が久しぶりに現れたときに。  言えばよかった。四年も画面を見つめることなどせずに。  言えばよかった。俺はずっと、形もなく膨れ上がる感情を、言葉にするのを恐れてきた。言葉にすれば、別物になってしまいそうだった。言葉にすれば、俺は桃源郷から出ていかなくてはならなくなって、二度と戻ってこられないと思っていた。  本当は気づいていた。秋廣が俺と連絡先を交換したことを覚えていない時点で、秋廣が俺の存在を記憶の隅に追いやっていたことを。それでも都合の悪い事実に目を背けて、俺と秋廣は結ばれるのが道理だと盲目的に信じた。  秋廣は新天地で愛する人を見つけた。一緒に音楽を楽しむ仲間を見つけた。俺だけが桃源郷から出ようとしなかった。やわらかく煌めく乳白色の光が、ただただ心地よかった。  ふと、ドアの窓に映る俺を見た。涙と鼻水でぐちゃぐちゃなその顔を、滑稽だと思った。
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