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 とんとん、と左肩を叩かれた。スマートフォンから目を離して見上げると、叩いた奴は口角を上げていた。あと五分ほどすれば五限の授業が始まる。大教室で騒ぐのはやめてほしい。 「弥生ちゃん!この授業取ってたんだな!」  大地は案の定大声を出した。うるさい。こいつはデフォルトのボリュームが人より格段に大きい。  俺は大地が同じ授業を取っていると知っていた。一緒に受けようと言われては非常に厄介なので、隠していたのだ。だが、今日ついに見つかってしまったらしい。 「そうだけど。」 「隣いい?」  大地はささっと手を動かし席を詰めるよう促す。鬱陶しく思いながらも、無言で人一人分のスペースを空ける。 「というか、昨日お前さぁ、理沙と会ってた?Instagram見たよ。」  大地は尚も大声で俺に話しかけてくる。そういう話をたくさんの学生がいる場所でするのはデリカシーに欠けるのだということが、大地にはわからないらしい。前の席の茶髪パーマがにやにやしながら、隣の眼鏡に話しかけている。赤の他人に話題を提供したくはない。俺は左の手のひらを大地の顔の前に突きつけた。 「うるさい。」 「教えてよ。理沙と付き合うの?」  こうなったら何を言っても無駄だ。俺は黙りこくってスマートフォンを再び手に取った。大地は准教授が来て授業を始めても、ねえねえと駄々をこねていた。しかし、俺が沈黙を貫き通しているとやがて諦め、俺に配られたレジュメを奪って熱心に見始めた。  六月末の大教室は冷房がついているはずなのに、ほんのりと汗をかくくらいには暑い。さすが東京。故郷とは違う。ため息をつきながら、俺はTシャツの襟元を掴んで風を送った。
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