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「それで弥生のメッセージにも返さなかったってわけ。ごめんね。」
「謝ることではないです。」
無事でよかった。その一言に尽きる。それに、俺たちはこれから、ずっと一緒にいられるのだ。
店員がカレーを運んできた。大きな銀のプレートには、焦げ目がついたナンと、キャベツに申し訳程度の紫キャベツが混じったサラダ、そして小さな器に盛られたバターチキンカレーが載っている。バターチキンカレーには少量の生クリームが回しかけられていて、いかにも美味そうに見えた。
「弥生はどうして東京に来たの?あと、何でライブ観にきてたの?」
秋廣の問いに、俺は簡潔に答えた。秋廣と違って大したドラマがあるわけでもない。家から離れられるならどこでもよかった。どうせ行くなら都会がいいかと思っただけだし、知り合いに誘われたからライブに行っただけだ。
「そうだったんだね。」
秋廣はナンをちぎりながら頷いた。
「懐かしい。高校生に戻ったみたい。」
俺は秋廣の言葉に微笑んだ。
ナンをカレーに浸して口に運びながら、俺たちはアルバイトや勉強のこと、桃源郷での思い出を話した。
「覚えていますか。あの……秋廣さんが、肘の裏の名称を決めたこと。」
ナンをちぎっていた秋廣は、訝しげに俺を見た。
「肘の裏……?何だっけ?」
「ここです。秋廣さんは、名前のないものは認識できないんだって言ってました。」
秋廣は覚えていないのか。焦りつつ、俺は軽く右腕を曲げ内側の窪みを指差す。
「ああー!ひじりだ!」
よかった。秋廣はにこにこと相好を崩した。
「よく覚えてるね。あはは。」
「ここ、名前があったんです。肘窩って言うらしいですよ。」
「チュウカ?」
どうやら医療用語らしいのだが、二年前くらいに調べたのだ。
「でも俺は、ひじりのほうがいいと思います。」
俺が真剣に言うと、秋廣はまた笑い声を上げた。
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