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ビルが立ち並ぶ路地裏を、俺たちは歩いた。来たときとは打って変わって、カラオケ、個室居酒屋といった文言が目につく。カフェではなくて別の場所に入りたい。秋廣と二人きりになりたい。
大通りに出て信号待ちをしていると、秋廣が話しかけてきた。
「弥生は今、恋人はいるの?」
途端に心拍数が上がった。どういう意図で訊いてきたのだろうか。俺は咳払いをして、素直にいませんと答えた。
そういえば秋廣はどうなのだろう。秋廣に恋人がいる可能性について、これまで考えていなかった。おそるおそる問う。
「えーと……秋廣さんは?」
すると、秋廣は淡々と答えた。
「僕?僕は彼女がいるよ。」
その瞬間、目の前の景色がぐにゃりと曲がった。見えない手で心臓をぎゅっと掴まれたような気がした。そのまま握りつぶされてしまうかと思った。呼吸が苦しい。酸素をうまく取り込めない。酸欠でぐらぐらと回る頭に、彼方から秋廣の言葉が響く。
「もしかしたら弥生も見たかも!昨日、ライブに来ていたピンクの髪の子だよ。」
「あ、あの人……。」
辛うじて返事をすると、さらに秋廣は猛攻を続けた。
「そうそう!僕が一年生のときに、あの子が四年生だったんだよね。サークルの先輩でさ。色々助けてもらってね。」
「なるほど……。」
やめてくれ。それ以上喋らないでくれ。
まさかあのまつ毛おばけが秋廣の恋人だったとは。信じられない。秋廣に恋人がいないと決めつけていた自分が。
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