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「弥生、具合悪い?顔色がよくない気がする。」
「大丈夫……じゃないかも。具合がよくなくて……。」
俺はついに、歩道の端に寄って腰を折った。左手を胸に、右手を膝に当て辛うじて踏みとどまる。秋廣が立ち止まった俺の顔を覗き込んでくる。瞳にみじめな俺の姿が映る。
「本当!?どうしよう、どこかで休憩しようか?それか、帰る?」
ここで休憩したいといえば、もしかしたら強引に思い出をつくることができたのかもしれない。けれど、俺は考えるより先に喋っていた。
「帰ります……。」
「わかった。駅まで一緒に行こう。」
秋廣はいつも優しかった。昔も今も。人がたくさんいてわずらわしいだろうに、俺を庇うようにして、駅までゆっくり歩いてくれた。バニラの匂いが鼻をくすぐる。秋廣は、きっと変わっていない。
待ち合わせした場所と同じ、駅の東口まで到達した。秋廣は俺の左肩を掴んで、もう一度俺をしっかり見た。
「僕は西口に行くけど……本当に大丈夫?ひとりで帰れる?」
「大丈夫です。数駅なので。」
「そっか。」
じっと見つめてくる秋廣の瞳を直視できず、焦点を合わせずにいた。きっと、実際には一秒にも満たなかっただろう。けれど俺にはもっとずっと長く感じられる沈黙のあと、秋廣は手を離した。
じゃあまたね、と穏やかに呟いて秋廣は去っていく。けたたましい光の中へ消えていく。
俺は悟った。これが最後の機会だということを。力の入らない両足を叱咤して動かし、秋廣に追いつく。そして背中に向かって大声で叫んだ。
「秋廣さん!」
びっくりして振り返る秋廣にたたっと近づいて、真剣に見つめる。綺麗な琥珀色の瞳だ。
「俺、会えて嬉しかったです。……それだけです。じゃあ。」
秋廣が何か言っているのが見えたが、俺は踵を返して駅に駆け込んだ。振り返ることはしない。そのまま階段を登り、駅のホームへと出た。
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