7人目の殺人

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△月△日 夜  若い女が、閑静な住宅街を歩いている。モデルのように長い手足に、胸元まで伸びた長い焦茶色の髪。誰がどう見ても、美人の類だ。  午後9時を回った頃だろうか。路地を照らす街灯の光は心もとなく、人通りもほとんどない。女性が夜に一人で出歩くには、いささか危険と思われる。  その様子を、物音を立てずにじっと見つめているものがいた。細身で長身、年齢は20代の後半にいくかいかないか。まるで獲物を狩る前の動物のように、ゆっくりと、目標に狙いを定めて近づいていく。尾行に慣れているのか、足音が全くない。ただ静かに、しかし着々と、前を歩く女の方へ近づいていく。  あと10m弱の距離まで接近した時だった。今までスタスタと歩いていた女が、急に立ち止まる。男も同時に足を止め、気配を紛させた。  女は、男のいる背後の方向へゆっくりと振り返る。何かに警戒しているのか、つま先から頭まで、動きの全てが慎重だ。  だが、男はこんなことでは取り乱さない。住宅の周りに植えられている花や樹木のおかげで姿を隠すことができているし、何より、女は完全に網にかかっていた。その場を足速に去ろうとする女を、見逃すはずもなかった。ほんの数秒で距離を詰めると、背後から腕を回し、とっくに女の口塞ぐ。 「声を出すな」  女の背に密着した男の顔のすぐ近くには、きれいな首筋がのぞいている。それを見た男の口元は、ニッと三日月の形に歪んだ。パーカーのポケットからナイフを取り出し、撫でるようにピタッと、ナイフの平らな面を、首の皮膚に押しつける。  女は恐怖で固まってしまったのか、悲鳴もあげないし抵抗もしない。ただただ、バッグの持ち手を固く握りしめている。  その瞬間、男は虚しさを覚えた。いつもなら、もっといい反応してくれるのに。と愚痴をこぼす。  「ねぇ、君。有名人にあったことある?」  呑気な声で、男が語りかける。  手元のナイフをねっとりと見つめながら、わざとらしく左右に手首を回転させ、ナイフをひらひらとちらつかせる。月の光と、薄暗い街灯の光が反射して、薄気味悪く輝いている。  「嬉しいよね。会えたら」  誰もいない住宅街の路上に、じっとりとした沈黙が流れる。だが、それを破るように、すぐ横の民家の中から子供の騒ぐ声が聞こえてくる。玄関の前に放置されたおもちゃを見て、子供の声が余計に耳障りに感じられた。  男は、舌打ちして、ナイフの刃の部分を、女の首にトントンと優しく打ち付ける。  「お姉さんみたいな美人を5人殺した。ちょっと前の事件だよ。ここらじゃ有名でしょ?」  ナイフが、次第に首にめり込む。  女は、相変わらず黙ったままだが、諦めているのか、首を倒してうなだれている。男は構わず続ける。  「俺ね、それの犯人なんだ。ねぇ、嬉しい?嬉しいよね?」  調子に乗ったように、女の顔に自分の顔をすりすりと擦り付ける。すると、あっ、と言う前に、スーッと赤い線が一つ、女の首にできていた。次の瞬間には、ぷっくりと赤い血が滴ってきた。  「あ」  ナイフを持った方の手の指で、思わずそれをなぞる。ねっとり、サラサラした感触。男の口元が、前よりも歪な形に吊り上がった。
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