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第三話(閑話休題)
2013年の夏頃の設定です。本筋エピソードとは関係無しに読んでくだせぇ。
「さて、君達は一体全体、自分自身がどこの宗教に属していると思うかね。」
講義開始のチャイムが鳴るや否や、芳泉の声は良く響いた。
背景布には、プロジェクターのエラーメッセージが映し出されている。それは、間を埋め合わせるために発した言葉であった。
一頻りの騒然の後、ひどく派手な髪色をした、破けたジーンズで、タンクトップの上から薄手のシャツを来た。いかにもといった風貌の女生徒が「無宗教ですと。」意見した。ひどく落ち着いた声が響いて、芳泉はノートパソコンの画面に目を向けたままだったが、数秒固まった。
他の生徒からも何ら反論がなかった。大半が頷き、そして若干数名がばつの悪そうにきょろきょろと、辺りを見渡していた。
「君、名前は確か、」芳泉は、相手の名前を知っていようが知らないまいが、最初にそう尋ねる事にしている。やはり人の名前を覚えるのは苦手だった。
「谷口です。」
パンク風な女生徒の声は、やはり第一印象から導かれる予想を大きく裏切るものだった。
「谷口君、君はどうして無宗教と言い張れる。根拠を是非話してもらいたい。」やはり、芳泉は依然としてPCと睨み合いの最中である。慣れない作業でまた眉間にしわが寄る。若さ故「どうせ直ぐ戻る」と、高を括っているが、数年もたたずして後悔をする事を今現在の芳泉が知る由もなかった。
「別に神がいるなんて、思ってないから。宗教なんて信じてないんです。」
「神=宗教か。崇め奉られる対象が神だけとは限らないだろう。」
「神様が助けてくれると思うから祈るんでしょう。」
「許しをえる為に祈る事もある」と、芳泉がごちる様に言うと、谷口は少し気が立ったのか「かわりません。」とだけ言った。
「それなら、古代のエジプト、或は古代ローマに目を移そう。」
「はい?」
「古代エジプトの人々はファラオを、古代ローマの人々はアウグストゥス以後のローマ皇帝を崇拝した。彼等は現人神だ。勿論、神の子供だとか、神の使い。将又、神そのものとして扱われ、どこかしらに付けて、神聖視されていた。」
「それでも、神様じゃないですか。」
「確かに神だ。でも、人間が神になれる訳がない。これは絶対だ。ファラオもローマ皇帝も何ら私達と変わることのない人間だよ。それでも、当時の民草は彼等を崇拝した。」
勿論。と、芳泉は畳み掛けるように続けた。
「ファラオは暦から干ばつを予測して、ローマ皇帝の神聖視は政治的な背景があっての事だがね。」
「そんな昔の話、参考にならないと思います。」
「そうかい?」
「そうですよ。」
やっと芳泉が望んだ通りの画面がプロジェクターから投影された。ならば、直ぐに本題に戻りたい、出来れば自然な形で。芳泉にとって先程までの議題は単なるお茶濁しでしかなかった。通常に講義を進める準備が整ったので、芳泉は改めて姿勢を正す。こつんと革靴の踵を合わせ、谷口の方を向いた。
「この論議の始まりは宗教だったね。」
「そうです。」
「そして、大昔の話は参考にならないと。私は大切だと思うがね。なら、」
「君の親類に不幸があったとして、君はそれをどう処理する。」
「供養ではなく処理ですか?」
「君は無神論者なんだろう。宗教の無い所に死生観は発生しない。野生動物の群れがあったとして、その内の一匹が力尽きてしまったとして、仲間はその死体を決まった形で祈ったりしないだろう。勿論彼等は悲しんでいるかもしれないが、そこに神はいないはずだ。」
「でも、処理と言ってしまうと罰が当たりそうです。」
「誰が君に罰を与えるんだい。それに供養とは仏教用語だ。そうすると君は仏教徒になる。」
「お経なんて読めません。」
谷口は依然として譲る気はないようだと芳泉は感じた。
何を譲らないのか、そして何故谷口が必死に嚙みついてくるのかというと、
芳泉はしばしばディベートをする事にしている。論題は何でもいいのだ、そして見事に芳泉を打ち負かした暁には、評価Aを確約する報酬つきで。つまり、谷口が必死なのは、そういう事である。
「お経が読めず、そして苦しい修行を行わずとも悟りを開ける。つまり万人を救うのが大乗仏教で、日本での仏教はこれが多いと思う。」
「でも私はクリスマスを祝うし、ハロウィンだって参加します。どこぞの誰かの誕生日に甘いお茶ものみません。」
今時、灌仏会を知っているのなら、中々博識。もしくは、それは最早、仏教徒でいいのではと内心で思いながら芳泉は一人でクスクス笑った。
「基督教にケルト文化か。なるほど確かに仏教ではないな。それにしても、最近ではハロウィンまでこちらに流れているのか。」
谷口は、たまたま打ったカウンターパンチで試合に勝利したボクサーみたいに間の抜けた喜びを見せた。勝利寸前といった面持ちだ。
「素晴らしい。」芳泉はパンっ、と一度手を叩いく。
「谷口君。君は君が思っている以上に深く宗教に属している。信仰心とかそんなものじゃなくて、日本人の性質として、血に刻まれていると呼べるレベルでね。」
「はい?」
「八百万の神。君はこの言葉を知っているかい?そして何処の教えかもわかるかね?」
「名前を聞いたことなら。」
「これはね神道だよ。私達は何処の神や文化も受け入れてしまう。文化なら兎も角、神までね。神を受け入れるなんてそうそう出来る事じゃない。未だに宗教で戦争が起こりうるからね。」
//今回はここまでで勘弁してください。次のページに続きを書きます。お許しを!!
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