身代わり地蔵

7/8
前へ
/8ページ
次へ
 18日の早朝に家を出た小林さんは、新幹線で地元のO駅まで向かった。  そこから小林さんの実家がある村までは、電車とバスを2時間ほど乗り継がなくてはならない。  しかし不運なことに、その日は地元一帯を豪雨が襲っており、山道で土砂崩れが起こったとかで、村までの道が封鎖されてしまった。  O駅からまた鈍行に乗り換えた小林さんだったが、村に行くバスは運行を中止していた。  これでは、夜までに実家に戻れない。  どうにか車で迎えに来られないかと携帯で家族に相談したが、道路が塞がってしまってはどうにもならない。  焦る小林さんに対し、お父さんは、 「いま、どうしたらいいか拝み屋さんに聞いてるところだから。お前は、駅の近くのホテルに泊まれ」  そう指示した。  大粒の雨が打ち付ける中を必死に歩き、小林さんはビジネスホテルで部屋をとる。  不安で仕方ないが、待つしかない。  濡れた身体をシャワーで温め、それからはじっと、お父さんからの連絡を待っていた。  テレビを観ても、携帯を弄っても、気が散って仕方がなかったという。  もう、夕方も遅い時間になってからのことだ。  お父さんから、電話がかかってきた。 「部屋の四隅に盛り塩をしろ。そして、それに自分の血を垂らせ。用意ができたら、一晩、部屋から出るんじゃない」   「それで、俺は助かるの?」 「どうにかする。とにかくお前は、言われたとおりにしろ。もう、時間がない!」  焦る父親の口調に気圧されて、小林さんは電話越しだというのに頷いた。  電話を切り、ホテルを一度出る。もう、あたりは暗くなっていた。  すぐ隣にコンビニがあるので、そこで塩と紙皿を買う。  急いで部屋に戻り、4枚の紙皿に塩を山盛りにしていく。  血は、髭を剃るために持ってきたシェーバーを使うことにした。  腕の内側に刃をあてて、すっと横に引くと、思っていたよりも簡単に血が出た。  熱いような痛みに耐えながら、垂れてくる血をそれぞれの盛り塩に落としていく。  一部が赤く染まった盛り塩を、部屋の四隅に置く。  その頃には、すでに19時を回っていた。  長い時間の移動や、神経をずっと張っていたことによる疲労が、一気に全身を駆け巡る。  塩のついでに買ってきたお弁当を食べ終えると、小林さんはベッドに横になった。  盛り塩で、少し安心したのかもしれない。  疲れと満腹感でうつらうつらとしていたとき、 「ゴンゴンゴン」  大きな音で目を覚ました。  明かりは、つけたままだった。  音のする方を見る。  窓。どうやら、ガラス窓を叩く音らしい。  だが、小林さんの部屋は5階で、ベランダなどない。  当然、外に人が立てるはずはないのだ。  そのことに気づき、恐怖に襲われる彼。  音は、未だに鳴り続けている。  それどころか、次第に強くなっていた。 「ゴンゴン!ゴンゴン!」  力強く叩かれる窓。  ふと見ると、窓側の盛り塩が、黒く変色していた。 「ゴン!ゴンゴンゴン!」  窓ガラスを叩く力が、さらに強まる。  小林さんは窓と反対側の壁に背中をつけ、ガクガクと震えていた。  カーテンを閉めているし、外に比べて室内の方が明るいため、窓の外に何がいるのか、輪郭すらも見えない。  だが、音や窓の震え方から、外にいる何者かが、窓の1点を集中して叩いているのは分かった。  寒くもないのに、歯がカチカチとぶつかる。  目を閉じてしまいたい。  いっそ、気絶してしまいたい。  それなのに、視線を窓から外せなかった。 「父さん……、助けてくれよ……!」 「ゴンゴンゴンゴン!」  さらに窓を叩く音が強さを増す。  そのとき、 「ボン」  と、鈍い爆発音が鳴った。  それは、室内の2カ所から同時に聞こえた。  窓側の盛り塩。  その2つが、まるで中から吹き上げられたかのように、同時に飛び散ったのだ。  真っ白かったはずの塩は、焦げたように、どす黒く染まっていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加