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18日の早朝に家を出た小林さんは、新幹線で地元のO駅まで向かった。
そこから小林さんの実家がある村までは、電車とバスを2時間ほど乗り継がなくてはならない。
しかし不運なことに、その日は地元一帯を豪雨が襲っており、山道で土砂崩れが起こったとかで、村までの道が封鎖されてしまった。
O駅からまた鈍行に乗り換えた小林さんだったが、村に行くバスは運行を中止していた。
これでは、夜までに実家に戻れない。
どうにか車で迎えに来られないかと携帯で家族に相談したが、道路が塞がってしまってはどうにもならない。
焦る小林さんに対し、お父さんは、
「いま、どうしたらいいか拝み屋さんに聞いてるところだから。お前は、駅の近くのホテルに泊まれ」
そう指示した。
大粒の雨が打ち付ける中を必死に歩き、小林さんはビジネスホテルで部屋をとる。
不安で仕方ないが、待つしかない。
濡れた身体をシャワーで温め、それからはじっと、お父さんからの連絡を待っていた。
テレビを観ても、携帯を弄っても、気が散って仕方がなかったという。
もう、夕方も遅い時間になってからのことだ。
お父さんから、電話がかかってきた。
「部屋の四隅に盛り塩をしろ。そして、それに自分の血を垂らせ。用意ができたら、一晩、部屋から出るんじゃない」
「それで、俺は助かるの?」
「どうにかする。とにかくお前は、言われたとおりにしろ。もう、時間がない!」
焦る父親の口調に気圧されて、小林さんは電話越しだというのに頷いた。
電話を切り、ホテルを一度出る。もう、あたりは暗くなっていた。
すぐ隣にコンビニがあるので、そこで塩と紙皿を買う。
急いで部屋に戻り、4枚の紙皿に塩を山盛りにしていく。
血は、髭を剃るために持ってきたシェーバーを使うことにした。
腕の内側に刃をあてて、すっと横に引くと、思っていたよりも簡単に血が出た。
熱いような痛みに耐えながら、垂れてくる血をそれぞれの盛り塩に落としていく。
一部が赤く染まった盛り塩を、部屋の四隅に置く。
その頃には、すでに19時を回っていた。
長い時間の移動や、神経をずっと張っていたことによる疲労が、一気に全身を駆け巡る。
塩のついでに買ってきたお弁当を食べ終えると、小林さんはベッドに横になった。
盛り塩で、少し安心したのかもしれない。
疲れと満腹感でうつらうつらとしていたとき、
「ゴンゴンゴン」
大きな音で目を覚ました。
明かりは、つけたままだった。
音のする方を見る。
窓。どうやら、ガラス窓を叩く音らしい。
だが、小林さんの部屋は5階で、ベランダなどない。
当然、外に人が立てるはずはないのだ。
そのことに気づき、恐怖に襲われる彼。
音は、未だに鳴り続けている。
それどころか、次第に強くなっていた。
「ゴンゴン!ゴンゴン!」
力強く叩かれる窓。
ふと見ると、窓側の盛り塩が、黒く変色していた。
「ゴン!ゴンゴンゴン!」
窓ガラスを叩く力が、さらに強まる。
小林さんは窓と反対側の壁に背中をつけ、ガクガクと震えていた。
カーテンを閉めているし、外に比べて室内の方が明るいため、窓の外に何がいるのか、輪郭すらも見えない。
だが、音や窓の震え方から、外にいる何者かが、窓の1点を集中して叩いているのは分かった。
寒くもないのに、歯がカチカチとぶつかる。
目を閉じてしまいたい。
いっそ、気絶してしまいたい。
それなのに、視線を窓から外せなかった。
「父さん……、助けてくれよ……!」
「ゴンゴンゴンゴン!」
さらに窓を叩く音が強さを増す。
そのとき、
「ボン」
と、鈍い爆発音が鳴った。
それは、室内の2カ所から同時に聞こえた。
窓側の盛り塩。
その2つが、まるで中から吹き上げられたかのように、同時に飛び散ったのだ。
真っ白かったはずの塩は、焦げたように、どす黒く染まっていた。
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