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岩の上の出会い
今年も今日で3日目。
荻島行きのフェリーからの景色は、青い海にこの海鳥たちのみ。
でも.. 良い天気だ。
「今日、見れるといいな.... 」
お父さんが私に見せようとしていたものとは何なの?
『あれ』を見ることが出来ず、もう4年が経ってしまった。
『蒔絵、きっとお前は見ることが出来るはずだよ。また一緒に見に来ような』
(お父さんの嘘つき..『一緒に』って約束したのに.... )
せめて、『あれ』が本当にあることを知りたくて、私は今日もこの荻島に来た。
***
もういい加減この岩を渡り歩くのも慣れてしまった。
今では日傘を持ってこの岩までたどり着ける。
この場所から見る海はとても穏やかで光り輝いている。
もうすぐ正午。
『あれ』が現れるという午前が終わろうとする時、いつも思ってしまう。
『やっぱり、お父さんの.... 』
それでも、諦めきれずに私はまたこの岩に来てしまうんだ。
きっと、そうしないと.. 私にはもう何も残らない気がして....
「君、凄いな。スカート、いやワンピースで、よくここまで渡ってきたね。おお、日傘まで」
「スカート? 」
「ごめん、驚かせないようにと思ったんだけど」
「 ....」
誰?ウエットスーツ。また漁協の人?
それともナンパ?
「 ..何の用ですか? 」
どちらにせよ、この荻島の人なら.. 嫌だな。
あまり島の人とは関わりたくない。
「さっき海から君が見えたんだ。俺あそこにあるダイビングセンターの者だけど、オーナーがこれを君にって」
「ライフジャケット? 」
「この辺りは潮の流れもあって危ないんだ」
「そうですか.... でもいらないです」
さっき海に浮いていたダイビングのひとか....
でも、ごめんなさい。
もう構わないで立ち去ってほしい。
「 ..じゃ、ここに置いておくから」
「いらないから!もう放っておい— キャッ.. 」
「危ない! 」
なに?
海に落ちたの?
水のはじける音と鼻をつく痛み。
音はこもっていき、視界は.... もうわからない。
=====
『まだあきらめる時じゃない。お前には進みたい道があるのだろう。それなら何度でも— 』
『蒔絵、ほら、良い眺めだろう。父さんはこの海が大好きなんだ。この場所は、父さんの特別な場所なんだ。おまえも、いつか— 』
『 蒔絵.. 蒔絵.... 』
お父さん.. 私、もう.. わからないの....
=====
誰?私の手を引っ張るのは.. お父さん?
「ほら、これにつかまって」
「ケホ ケホ ..ケホ 」
身体が うまく動かない....
「さ、さむい 」
「ちょっと我慢して、俺があそこまで引っ張るから」
あんなに遠くまで.... 私を曳いて?
「ごめんなさい.. 」
「え? なにか言った? とにかくすぐ.... 着くから、ちょっとの辛抱だよ」
5月の海はまだ冷たく、私の体温を奪っていった。
腕の震えが止まらない。
でも、私はかじかむ手で必死にライフジャケットを掴んでいる。
虚ろになっていく意識の中、私を一生懸命に曳いていく背中が見える。
お、お父さん..
『蒔絵、まだあきらめる時じゃないんだよ』
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