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種
美しいと思う以外に他の女生徒と何ら変わらない彼女の印象が変わったのは、一学期が終わろとする頃だった。夏休みを前に浮き足立った女生徒達は、ただでさえ退屈な古文の授業中、いつにも増して落ちつきがない。
「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨に向かひて月を恋ひ、たれこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情け深し。咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ、見どころ多けれ、、、これは、兼好法師が鎌倉時代末期に書いた随筆、徒然草の一編でーって、おい聞いているか?再来週テストだぞ?」
欠伸をしている者、隣の席とヒソヒソはなしている者、他の教科の内職をしている者。とにかくこのクラスは古文が嫌いな様だ。一応聞いてるか?とは聞いてみるが、どうせ響くはずもないのだ。しかし、その日は違っていた。
「先生、ちゃんと聞いています。続けてください」
彩だった。今日配布したプリントと、板書を見比べてその意味を理解しようとしているようだ。
「あっ、あぁ。これは、然草の中の『花は盛りに』という作品で、、、」
他の誰も真剣に聞いていなさそうな僕の授業を彩はまっすぐに受けてくれていた。そればかりか、授業が終わり、職員室へ戻る途中に彩が話しかけてきた。
「先生、ここの、『まからで』ってどういう意味ですか?」
「あぁ、それは『参らないで』という意味。だから、花を見に参りませんで、という様に訳せばいいよ。都合の悪いことがあってっていう感じだとわかりやすいかな?」
「なるほど、あとここの、、、」
教科書に印をつけたところを指して彩は続けて質問をする。
「青海、古文が好きなのか?」
「えっ?」
彩が不思議そうに見返してくる。
「あっ、実はそうでもないです。その、私は成績を落とすわけにはいかないので、、、。でも、先生の授業は面白いです!」
「、、、そうか。徒然草は短編で読みやすいから図書室で借りて他のも読んでみると良いよ」
「ありがとうございます。また分からなかったら聞きにいきます」
「あぁ、いつでもどうぞ」
彩が立ち去ったあと、後ろから来た同僚の教師が声をかけてきた。
「青海は真面目で良い子ですよね」
「佐々木先生、あぁ、先生は去年担任でしたね」
「えぇ、外部生なのに成績も優秀で、何より真剣に授業を受けてます」
「あぁそうですね。古文も寝ないで聞いてくれてます」
「それはすごい。私も古文は苦手で、、、。青海は、私の歴史も予習までしてきていて、いつもキッチリ起きてます。大半の生徒が欠伸をする歴史で。まぁ起きてる方が本当は普通なんですけどね」
「はは、そうですね、青海が普通。他の生徒が気を抜きすぎですね」
「よほど成績が悪くなければ、附属大学に行けるのだから気も抜けますよね」
「えぇ」
その後、彩は特待生で学費免除で入学していることを職員室で聞いた。なるほど、成績を落とせないとは、そういう理由か。
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