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結び葉
「先生、はい。」
二つに分けて食べられるアイスの一つを渡し、彩は僕の隣に座った。夏休みの自由登校期間に行われる夏期講習に、積極的に参加しているようだ。その昼休み、中庭にいた僕に話しかけてきた。
「ありがとう。良いのか?」
「はい。二つは食べきれないので。あぁー、学校の中にアイスが売ってるなんて幸せ」
カルピス味のアイスを食べながら彩は空を仰いだ。
「アイスが珍しいか?」
「ただのアイスじゃないですよ?学校の中で食べられるっていうのが幸せなんですよ!」
「そうかぁ?」
「先生は、ずっとこの学校で働いているから普通かもしれないけど、公立の学校に行った子はみんな羨ましいって言いますよ?」
「そうか、学校のアイスの自販機で買うアイスだもんな」
「はい」
頭の上からはけたたましいセミの声がする。青々と葉を広げる桜の木で鳴いているのだろう。日陰とはいえ夏の午後はたとえアイスを食べていても暑い。彼女の白い首筋にも汗が滲んでいる。
「青海、そんなに勉強して何になりたいんだ?」
「え?」
意外な質問だったのか、彩はこちらに視線を向けた。
「あぁ、教師がこんなことを言ったらいけないな」
「えっと。まだ、何っていうのは。ただ、この学校の生徒になりたかったんです」
「へぇ。何か理由が?」
「近所のよく遊んでくれたお姉ちゃんがここの生徒で、この制服を着て毎日楽しそうだったから。憧れっていうか、、、」
「なるほど。っで、どうだ?実際その制服を着た毎日は?」
「はい、思った通り毎日楽しいです。夏休み明けには文化祭があるし、修学旅行はカナダ。うちの家庭はごく一般的な世帯なので無理を言って入学させてもらったんです。しっかり楽しんで、勉強して、できたら大学は国公立に行きたいなぁって」
「偉いなぁ、青海は。」
「え?」
「その年で親に感謝できるなんて。十代は戻ってこない特別な時間だ。そのまま素直に、何より今を思い切り楽しむんだぞ」
「はい!」
満遍の笑みで返す、彩の顔は夏の日差しを受けて希望に満ち、葉を広げる青葉の様に輝いていた。
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