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若葉
小学校から大学までエスカレーター式に進学できるこの女子校は、食堂や図書室、ホール等は互いの学校の生徒が利用して良いことになっている。そのせいもあって卒業生が敷地内にいることは珍しくない。その日、小学部で行われるレクの備品を運んでいると中庭に彩の姿があった。
「青海?久しぶりだな」
制服以外で会う彼女に、僕は正直戸惑った。
「先生!お久しぶりです」
彼女は、少し大人びて見えたが高校時代と変わらず親しい笑顔を向けた。
「どうだ?大学生活は?」
「はい、まぁなんとか」
「今日は、どうした?誰かに用事?」
「いえ、何となく来てみたくなって。落ち着くっていうか」
「なんだぁ?学校楽しくないのか?」
「いえ、楽しい、かな。ちょっと学生のノリに疲れちゃう時があったり、はしますけど。みんなすごく大人っぽいし、気後れしてしまって」
僕が知る限り、彩が友人関係で悩んでいるのは初めてだ。いつも彩の周りにはたくさんの友達がいて、真ん中でパッと咲く花のように笑っていた。
「女子校から共学の大学だから少し雰囲気は違うか?」
「こんなので、私教師になれるでしょうか。友達も作れない人に、、、」
彩は、公立大学の教育学部に進学した。進路を決める際彼女は〈小学校の教師になりたい〉そう、僕に話してくれた。
「まぁ、そう落ち込むなよ。今から勉強をして、たくさんの子供に触れてだんだん、教師らしくなるんだから。勉強したからってなれるわけじゃない、子供が自分を教師にしてくれるんだ。それに、友達なんてまた新しく作ればいいじゃないか」
二年前、彩が熱心に授業に向き合ってくれたから再び教師たりえた僕が言うのは恐縮である。
「そうだ今年、交流担当になったんだけど良かったら、手伝ってもらえないか?ほら、今もその準備してたとこだ」
僕は段ボールに入ったカラーボールを見せた。
「交流担当って、小学部のお手伝いに行く部ですか?」
「そう、通称『姉妹部』。青海にとっても色々勉強になると思うぞ」
彩は少し考えると都合の合う日ならばと快諾した。
それから、月に一、二度、彩は小学部の催しや、勉強会を手伝いに来てくれた。
「いつも、ありがとうな」
「いえ、私も楽しいので、誘っていただいて良かったです」
備品室にカラーコーンを戻しながら彩はふと時計を見た。
「今日何か予定がある?時間、大丈夫?」
「えっと、見たい映画があって。あ、でも約束とかじゃないので次の回でも大丈夫です。先生、黄色のそれ、取ってください」
「あぁ。はい」
彼女の横顔を見ながら僕はつい口から言葉が出てしまった。
「その映画、僕も行っていいかな?」
「えっ?」
カラーコーンを手にしながら彩はこちらを向く。
「いい、ですけど。趣味が合わないかもしれないですよ?」
「いや、いつも手伝ってもらっているし、今日は遅くなってしまったから何かお礼とお詫びのつもりだよ」
とっさに思いついた割にはいい嘘がつけた。僕は、ほんの少しだけ、生徒ではない彼女との時間を過ごしてみたかったのだ。その気持ちを自覚した時、スッと、好きだと言う言葉が胸に落ちた。
「あぁ、気にしなくていいですよ。私も楽しく来ているので」
「もう夕方だし、何か食べようよ。鍵を置いてくるから、駐車場で待っていて」
半ば、返事の隙を与えずに僕は備品庫を閉めた。
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