7人が本棚に入れています
本棚に追加
秋色
「先生、次はこれに行きませんか?」
あの日の映画をきっかけに、彩は僕を映画に誘ってくれるようになった。
「フランス映画?暗くないか?」
「えーと、たぶんですけど、大丈夫かな」
携帯の画面を確認しながら、彼女は微笑む。月に一二度、学校の手伝いに来た帰り、映画を見るか、食事をするか、その様な流れが自然になっていた。僕は、彼女から向けられる笑顔に他意はないのだと必死に自分に言い聞かせた。ただ、僕を教師として慕ってくれていると。そうしていないと、うっかり、「君のことが好きだ」と口に出してしまいそうだったから。
「先生といると落ち着く。学校の友達はみんな恋愛ばっかりだし、私時々、ついていけない」
ホットサンドを食べながら、彩が呟く。
「また友達とうまくいってないの?」
「うーん。高校の時みたいに自分がその輪に馴染んでない気がする、、、。みんな、すぐ誰かとくっつけたがったり、意味のない飲み会とかするのが楽しいみたい。なんかそういうのが苦手。先輩なんてみんな酔っ払いだし、そういう集りが疲れる」
プライベートな愚痴を言うのも、いつの間にか無くなっている敬語も、僕との距離が近づいたのではと勘違いしないように、僕は、彩と対峙する時いつも気を張っていた。
「酒はだめだよ。ハタチになってからな」
「わかってるよ。仮にも教師目指してるもん、バカなことはしないよ。先生は、学生時代どんな風だった?あーあー、先生みたいな友達がいたら、仲良くなれたんだろうなぁ」
君はきっと、僕が同じ教室にいても気にもとめないと思うよ。僕が教師として出会って、大人だから、君の考えを先回りできるんだ。君の欲しい言葉もかけてあげられる。だから、君から見たらそういうフィルターになってるだけだよ、そう僕は心の中で呟く。
「普通だよ、パッとしない真面目な学生」
「やっぱり。私と同じだ」
そんな事はない、君は僕なんかと違う。同じ真面目でも、君は華がある。それに、君自身が気付いていないだけ。周りが騒がしいのはきっと、みんなは君の魅力に気付いているから。
僕は三十二、君は十九。たとえ君が成人しても、この差は永遠に縮むことはない。だからこそ、今こうしている時間がたまらなく愛しい。一瞬、もしかしたら、君の横に並べる日が来るのかもしれないとよぎって、すぐにそれを打ち消した。
「先生は、結婚しないんですか?」
「あぁ、いい人がいればしたいかな」
「そっか。先生には、明るい人がいいね、ちょっと根暗だもん」
「余計なお世話だ」
今、この月に何度か会って、食事や映画に行って他愛もない話するこの関係を何と呼んだらいいだろうか。いつか、、、君が「先生、私結婚決まったよ!」そう無邪気に笑ったら、僕はどうするだろうか。
泣く?慌てる?いや、、、
「幸せになるって約束しろよ、絶対だからな」
そう、君に心から言おう。
あの日の約束をこれからもきっと守るよ。君を幸せにするのが、僕ではなくとも、君の人生が彩りあふれることを、僕は心から願う。
最初のコメントを投稿しよう!