おとなりさんちのカナちゃんは

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おとなりさんちのカナちゃんは

「こんにちは」   はじめて彼を見た時、素敵な人だと思った。 すらっと背の高い、どこか品のある所作が印象的な彼は、わたしがバイトで入っている喫茶店の常連さん。 名前もどんな仕事をしているのかも知らないけれど、やさしげな笑みが魅力的で初めて見た時から忘れられなかった。 うちは昔からある喫茶店で小洒落たところでもなくて、店主のおじいさんには悪いけどなんだか彼に似つかわしくないな、とも正直思った。 それでも週に2回、彼が店に来て静かに本を読む姿をいつも陰から見つめていた。   大学2年の春。それなりに恋愛もしてきた。そんなあたしが、こういう恋のかたちもあるんだと知った、その相手が彼だった。   だから驚いた。彼があたしの住むなんの変哲もないアパートに、しかも隣の部屋に越してくるなんて。 「こんにちは、あの…」   それは秋も深まる11月のこと。 大学の方もだんだんと忙しくなって、彼が来る日に合わせてバイトに入るのも厳しくなってきた、そんな日のことだった。 昼過ぎに授業が終わり、今日はそれ以降特に予定もなかったので、溜まった課題にでも手を付けようとさっさと帰ってきたのだった。 するとアパートの前の駐車場に引越し業者らしきトラックが見えた。 こんな珍しい時期に誰だろうと思っていると、業者のお兄さんがわたしの部屋の隣から出てきた。 隣の部屋は今年の4月からずっと空き部屋だったから、そうなると誰かが引っ越してきたということになる。 いったいどんな人が越してきたのだろうと見てみると、お兄さんに続いてあのお店でずっと見ていた憧れの人が出てきたのだ。   ずっとお店で会っていたけれど、注文以外の言葉を交わしたことはなかった。 わたしの顔を覚えていてくれているのだろうか?そう思い声をかけると、彼はああ、とわたしに向かって微笑んだ。 「お久しぶりですね」   その言葉を聞いた時、わたしがどれだけ舞い上がったことか。 覚えていてくれた。こんな素敵な人がわたしのことを覚えていてくれたのだ。   わたしはそっと彼の部屋の扉についたネームプレートを見た。 「篠原さん…て、おっしゃるんですね」   素敵な彼に似合う、おしゃれな名前。 「あの、実はわたし、お隣なんです。大田カナといいます。これからお隣同士仲良くしてくださいね」  
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