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みぃーんみんみんみんみぃーん
みいーんみんみんみんみんみぃーん‥‥‥
外へ出ると、7月の太陽の強い日差しと共に、蝉達による大音量の合唱が降ってきた。
夏の風物詩とも言える蝉の鳴き声だが、僕にとっては悪魔の呪文のようだ。
地獄へようこそ、とでも言われている気分だ。
カンカン照りの中を、下を向きながら僕は歩く。
背中にコンクリートの重しを何個も乗せているかのように、足が前へ進まない。
これは完全に気持ちの問題だ。行きたくないのだ、学校へ。
僕の名前は細谷勇気(ほそやゆうき)。
現在中学2年生である。
僕は今、いじめのターゲットだ。
事のきっかけは6月、体育のプールの授業中だ。
僕は、泳げない。それどころか、小さい頃に海で溺れたトラウマがあり、水がとても怖い。
出来るならばプールにも入りたくない。
だけどプールの授業は夏の間みっちり入っていた。
そしてその日は、飛び込みの練習をする事になった。
当然、僕は本当に憂鬱でたまらなかった。
ギリギリまでどうやって逃げようか考え、プールサイドでモジモジしていたのだが、その時先生が大声をあげた。
「細谷ぁ!次お前の番な!」
えっ‥‥‥そんな風に皆の前で叫ばれてしまったら、逃げようがない。
皆一斉に僕の方を見た。心臓の鼓動が、ドッドッドッと大きく、速くなる。
僕は飛び込み台の上に立った。
僕にはメンタルを保つ秘訣があって、それはアフリカのサファリパークを思い浮かべる事だった。
今、アフリカではライオン達が家族で暮らしていて、一緒に昼寝をしたり、お父さんが狩りに行ったり、皆で草食動物を分け合って食べて‥‥‥
そんなライオンの生態について考えてると、緊張が不思議と解けていく。クラスメイトへ自己紹介する時やリコーダーのテストの時も、僕はこのメンタル法を使って成功した。
今回もそのメンタル法を試してみた。
アフリカ‥サファリパーク‥ライオン‥群れが‥シマウマを‥‥
そんな努力も虚しく、
どっぷらどっぷら、たっぷりの波を立てて僕を待ち潜む、水。その波に、サファリパークのライオン達が一気に飲み込まれてしまった。
僕は緊張と恐怖で、足がガクガク震え、動けなくなった。周りは皆ザワザワしている。
するとまた先生。
「おぉーい細谷ぁ!!どうしたぁ?!お前飛び込むの怖いのかぁ?!勇気って名前なのに勇気ねぇなあ!!」
皆がどっと沸いた。男子も女子も、あはははっと声を上げて笑っていた。
僕は恥ずかしくて顔が真っ赤になった。顔が真っ赤である事を皆に見られるのも恥ずかしくて、さらに赤くなってしまった。
「見ろよあいつ顔真っ赤だぜ!」
すぐにバレた。
そして僕は居ても立っても居られなくなり、その場から走って逃げた。
それを機に、弱虫のレッテルが貼られてしまった。
「勇気じゃなくて、No勇気〜!」と廊下から教室の中に向けて叫ばれたり、
わざと聞こえるように悪口を言われた。
弱虫、チビ、逃げた奴、ダッセェ、赤面症‥‥‥
言われる度に、僕はあの時の事がフラッシュバックして、立ちすくんでしまう。
僕の目の前に立ちはだかる、大きな波。
そいつは一瞬で僕を飲み込んでしまい、僕という人間は跡形もなく消えてなくなる。そして、もう本当の僕という人間を誰も覚えていなくなる。
怖い、怖い、怖い‥‥‥。僕はもう学校が怖い!
もういっそ、波に飲まれて消えてしまいたい!
この出来事により、僕の心はナイフで抉られたように深い傷を負ってしまった。
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