はじっこでララバイ

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次の日、ジャンボはさっそくCDを持ってきてくれた。 「ありがとう、家でゆっくり聴かせてもらうよ!」 「落語だけじゃないんだぜ。オイラいつも教室でこれも聴いてんだ。寝る前も、起きた時も、聴いてる。音楽は心を自由にしてくれる。オイラは確かにこの狭い教室にいるはずなのに、ぽーんと日本の外に出たような気持ちになるんだ。どこにでも行けるんだ、音楽は。」 ジャンボはいつもの早口で喋った。 そこまでジャンボが音楽を愛していたなんて、僕は知らず、感心した。 僕は今不安に思っている事を、ジャンボに打ち明けた。 「次の体育の授業、2人1組の組体操だろ。たぶん僕、一緒に組む相手がいないんだ。ジャンボ、一緒に組んでくれない?」 「それは構わないけど‥‥‥どうして君はそんなに不安そうな顔をしているんだ?」 「それは‥‥。」 ジャンボは、僕の目を真っ直ぐ見つめ、僕の次の言葉を待っていた。 ジャンボはすぐに見抜いてしまう。僕はジャンボに見つめられたら隠し事は出来ない。心の端の端の方に追いやっていた物を、ジャンボはすぐさま拾い上げてくる。 「僕は、1人がとても怖い。正確に言うと、1人である事を他の人にバレる事が怖いんだ。周りから浮いてしまう事、ぼっちで惨めな奴だと思われる事が、すごく怖くて恥ずかしいんだ。」 僕は、普段家族にも言えないような自分の本音を、ジャンボには何故だか自然と打ち明ける事が出来た。 ジャンボにはどう思われても良いや、と何故だが安心出来るのだ。 ジャンボは僕の事を真剣に見据えた後、眉をひそめ、納得出来ないという顔をしてみせた。そして僕に言った。 「本来、人間は一人で何でも出来るから、誰かと一緒に居ないといけないと思う事の方が不自然だ。一人で歩いて別の教室に移動出来るし、一人でトイレにも行けるし、一人で休み時間を過ごす事も出来る。五体満足である限り、人間何でも一人で出来るんだ。それなのに誰かと一緒に居ないといけない、と感じるのは何故なんだ?それは一種の強迫観念だ。君が君自身にかけている呪いの様なもんさ。」 「強迫観念?」 「オイラはそういった感情を抱いた事がない。だから共感する事が出来ないけど、代わりに君が君自身にかけている呪いを取り除けられる様に、何か力になりたいと思う。」 「呪い……。」 ジャンボはいつも早口で一気に喋りあげるので、僕は自分の頭で整理するのに時間がかかる。 誰かと一緒に居たいと思う事が一種の強迫観念であり、僕自身が僕にかけた呪い。そうジャンボは言った。僕にはよく分からなかった。 「ジャンボは、誰かと一緒に居たいと思わないの?一人で不安じゃないの?」 「一人で居て不安だと感じた事はない。他人を好きになったり嫌いになったりというのは勿論あるさ。でもきっとオイラの場合は君よりずっとシンプルなんだ。その事をそこまで問題視しない。全部自然の流れの中にあると考えるんだ。 オイラは今生きていて、この教室で勉強をしている。クラスメイトとして君と出会う。君とたまに他愛のない話をする。教室の中で嫌な奴が居て、そいつを嫌いになる。一方とても優しくしてくれる子が居て、その子の事を好きになる。それは全部オイラの人生の中で、タイムラインの中で自然に起こりうる事象なんだ。だから出会う人も起こる事柄も、全部自然の一部だと捉えるんだ。」 ジャンボは一気に喋りあげた。僕はジャンボの話す言葉を一つひとつ丁寧に聞き、自分の頭で咀嚼する。 「ジャンボ……君一体どんな家庭で育ってきたの?僕は君の言っている事の半分も理解出来ていないよ。だから君の言っている事に納得出来ている訳でもない。でも、他のクラスメイトとは全く違うよね、君は。そんな事言う奴と僕は出会った事ないもん。」 「そうだな。オイラはジャングルで生まれて、チンパンジーに育てられたんだ。」 そう言うとジャンボは急に立ち上がって歩いて行った。 「ジャングル?チンパンジー?えっちょっと待ってジャンボ…。」 ジャンボは僕に顔を見せなかった。これはジャンボなりのジョークであり、ジャンボはジョークを言うと他人の反応を見る前に立ち去ろうとする癖がある事を後に知った。 「体育に遅れるぞ。」 そう言ってジャンボは最後まで顔を見せずに教室から出て行った。 ジャンボの吐く言葉は不思議だ。早くて情報量が多いので咀嚼するのには時間がかかるのだが、不思議と消化不良は起こさないのだ。
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