ハッピー・バースデー

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 暗闇の中で、また誰かが啜り泣く声がする。そして、若い女が優しく話しかける声も。帰りたいとガキみてえにべそをかく新兵の相手までしなきゃいけないなんて、野戦病院の看護師は大変だな。  目をやられてから昼と夜の境が曖昧だ。何も見えないし、ほとんど眠ってばかりだから尚更だ。包帯を巻かれた目が熱い。抗生物質を投与されているが早く本国に戻って手術を受けないとヤバいらしい。 「酷い目にあったね」  優しい、ジェイムスに似た声が降ってきた。飛び起きて、と言っても気分だけで、実際にはだいぶ弱った身体はのろのろと上体を起こす。 「生きていてよかった」  太陽に干したシーツのような匂いがふわりとした。ジェイムスがここにいるって確かめたくて手を伸ばせば、腕を引き寄せられ、触れるだけのキスをされた。ジェイムスとの、初めてで最後のキスだった。それなのに、見えないはずなのに、ジェイムスの顔とサムの顔が重なる。  サムとのキスはジェイムスとのキスを思い起こした。この時野戦病院にいたのは、本当にジェイムスだったのだろうか。  戦地に向かうトラックの荷台の中に場面が切り替わる。ブーツの紐に捩じ込んだドッグタグが目に入り、ふと横を見ればあの横顔があった。腹を決めた戦士の顔だった。サムが出ていく時に見せた顔と丸きり同じだった。  ああ、そうか。サムの言った通りだった。俺とサムは初対面じゃなかった。俺はジェイムスより先にサムに会っていた。それから野戦病院でも。俺は戦場で二人の男に出会って、そして惹かれていったのか。  ✳︎✳︎✳︎  気がつけば机の上でビールの空き缶に囲まれていた。突っ伏して眠ってしまったせいで背中がガチガチだ。コンタクトレンズをつけっぱなしにしちまったから目も痛い。  充血した目と疲労感を抱えたまま、いつも通りスーパーのアルバイトに向かった。他にすることもなかったし、サムがどこに行ったかも分からない。店長には昨日何かあったのかと聞かれたが、用事が出来たからと濁しておいた。  品出しで冷凍食品を棚に詰めている途中、ペンネの箱が目に入った。赤毛と茶色い目が連想される前にパッケージから目を逸らす。なるべく手早くしまって、そこからさっさと立ち去った。  アパートに帰っても当然部屋は空っぽで、ソファの上には誰もいない。テーブルの上には何もない。ひんやりしたバスルームでシャワーを浴びる。  着替えて髪を乾かしてから冷凍のミートボールスパゲッティを温めた。微妙に冷たい芯が残るミートボールを頬張りながら、玄関からの物音に耳を澄ませている。最初から一人で暮らしていたのに、どうやって過ごしていたかもうわからない。帰ってきてから、俺はずっとサムを探している。    
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