ハッピー・バースデー

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「俺のツレがいないか。サミュエルだったか? しばらくうちにいたんだが」  下っ端は引っ込んで、やがてドアが開いた。誰もいない店の中で、テーブルに着くよう促される。寒さに体をかちこちにして待っていれば、ストライプのスーツを着た伊達男が現れた。ヘビのように温度を感じない目で、俺を上から下まで舐め回すように見た後、唇を開いた。 「サミュエルの持っていた荷物について、何か聞いていないか」  イタリア訛りのバリトンでたずねてくる。禁酒法の時代から我が国に居座る"由緒正しきお家柄"を連想させた。 「何も。というか、サミュエルなんてヤツ、俺は知らない」  伊達男は訝しげに眉を顰めた。 「俺が知っているのは、ジェイムス・オクトーバー二等兵だ。俺と同じ隊にいた。なんなら軍に問い合わせてみるといい。認識票もある」  ジェイムスのドッグタグを見せれば、伊達男は眉を顰め、スマートフォンを取り出しどこかに電話かける。そしてどこの国の言葉かわからない言葉でしばらく会話し、ため息をつきながら通話を切った。 「確かに在籍を確認した。サミュエル・カーネフィディーレは"戦死"。ああなるほど、よく似ている」  写真まで送られてきたらしく、画面を見て頷いている。機密情報漏洩だろうが。節操なしの情報屋かマフィアの使い魔が潜り込んでいるな。まあ辞めたから関係ないことだが。  サムを連れてきた例のボンボンくさいチンピラは蒼白な顔をしているが、こちらも俺たちには関係のないことだ。サムは顔を腫らし、服も土埃や血糊で汚れていてひどい有様だった。 「悪かったな、クリーニング代はうちに請求してくれ」  伊達男は連絡先を押し付けてきた。後で捨てよう。一ドルでも受け取ったらあの時金を払ってやったのだからと延々と借りを取り立てられる。  さっさと帰るとするか。店から出ていくと、サムは呆然と俺を見つめていた。何をぼんやりしてんだ。手間のかかるヤツだな。尾行がいないか確かめながら、サムの腕を引きアパートに向かう。俺の部屋の前まで来ると、サムはまた足を止めた。顔にはどうして、とハッキリ書いてあった。 「俺が、ジェイムスより先にアンタを好きになっていたからだ」  サムの顔に驚きが広がる。 「でも、俺はアンタを許さない。だから、サミュエルの人生は捨てろ。絶対に殺してなんかやらない。ジェイムスの分を生きろ。アンタは今日からジェイムス・オクトーバーだ」  ジェイムスのドッグタグをサムに突き出した。サムは目をかっぴらいた後、震える手で俺の手を包んだ。そして声まで震わせながら言う。 「……ジェイムスが、渡してきたんだ。これを」  サムは目に涙をいっぱい溜めていた。 「"俺の分まで"って……言いながらさ」  俺は夢で見たジェイムスの顔を思い出した。少なくとも怒ってはいなかった。懐かしい、優しい声だった。 「アイツならそう言うだろうな」  俺はドッグタグをヤツの首にかけてやった。そして言ってやる。 「おかえり」 「……ただいま」  目が合うと、お互いふっと笑みが零れた。 さあ、チーズペンネとビールでも買ってくるか。なんたって今日はサムの命日で、ジェイムスの誕生日だ。  俺は突っ立っているソイツの肩を叩いて口角を上げる。戦場から帰ったら、やることがあるんだろう?  「さあ、酒もセックスも派手にやろうぜダーリン」 end
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