ハッピー・サンクス・ビギンズデー

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 ✳︎✳︎✳︎   俺は十八歳で軍隊に入った。十八歳になったら独立して暮らす取り決めを両親としていて、住むところも食事も保証され、訓練期間中も給金が出るという理由だけで志願した。  吐くほど後悔した。訓練は死ぬほどキツかったし、それが終わるか終わらないかという時に、前線に放り込まれたのだから。  中東のとある国――A国で、うちの国にドラッグを流し上院議員をレストランごと吹っ飛ばしたテロリストどもが潜伏しているという情報が入った。しかしA国はヤツらの存在を隠匿しようとし、揉めに揉めて戦争が始まった。  テロリストどもが潜んでいるという場所は、土でできた白壁の街並みが美しい街だった。その街を蹂躙した。歴史ある建物は蜂の巣になり、死体の山が積み重なった。  俺を支えたのは同期のジェイムスだった。特にハンサムでも優秀でもない。ただ、ふと横を見ればいつもジェイムスがいた。ともに怨嗟を吐き、肩を支え合い、そして慰め合った。全部終わったら酒もセックスもハデにやろうぜとジェイムスは俺を呆れさせ、励ました。  戦死者が増え始めた時、ジェイムスから結婚して欲しいと告げられた。でもバカな俺は戦場での一時の気の迷いだと跳ね除けてしまった。だがジェイムスは俺以上にバカだった。国に帰ったらもう一度プロポーズすると、一緒に暮らそうと言った。  ジェイムスとはそれきりだ。  爆弾の破片で目をやられ、俺は一足先に国に帰された。運良く視力は失わなかったものの後遺症が残った。手術で取り出せないくらい細かな破片が目に残っていて乱視用のコンタクトレンズが手放せない。命は取り留めたが、スナイパーとしての俺は死んだ。  だが軍に籍は置いたまま、傷病手当金と傷病賜金で生活していた。それから半年も経たずに、俺のいた小隊が爆弾で全滅したと知る。死体やドッグタグが見つからなかったヤツもいて、その中にはジェイムスも含まれていた。生きていても行方不明になったヤツは、大抵テロリストに捕まって嬲り殺されている。未練のなくなった俺は軍をスッパリ辞めて、スーパーのアルバイトを始めた。  こいつも同じ戦場にいたのか。知らなかった。ああそうだ。 「お前、名前は?」 「そっちから名乗るのが礼儀じゃないか?」 「もう知っているだろう」  会った時に名前を呼ばれたし、ジェイムスからも聞いていたはずだ。 「ちゃんと初めから始めたいんだ。いいかな?」  ああまただ。甘い視線を向けてくる。ジェイムスと同じ色の目で。 「……ヨハン・キトリだ」 「仔猫(キティ)ちゃんってよく呼ばれない?」 「ああ腐るほど揶揄われたよ。もう一度そう呼んだら爪を立てるぞ。で、お前は?」 「サミュエル・カーネフィディーレ。サムと呼んでくれ。よろしく仔猫ちゃん」  そう言って手を差し出すサムに、宣言通り爪を立て握手してやった。  サムは着替えると、何か食べるものを持ってきて欲しいと金を渡してきた。 「金があるならお前が行け。俺は仕事だ」 「ならその帰りでいい。余ったら君が使ってくれ」 「よし、リクエストを聞いてやる」 「シューターズ・グリルのボックスランチ」 「おかしいな、あと二枚足りない」 「嘘だよ、ホットドッグで充分だ。あと下着の替えと歯ブラシと」 「おいおい」  それじゃ俺の財布まですっからかんだ。着の身着のまま来たっていうのか?  「ヤバいことに巻き込まれてんじゃないだろうな」 「ちょっとね。心配しなくていい、週明けには出て行くから」  サムはいってらっしゃいと手を振る。冗談じゃない、居座る気か。叩き出してやろうとしたが 「オレを匿っていることがバレたら君もタダで済まないと思うけど?」 とほざく。 「部屋の中のものを触ったら殺す」 と言い残してアパートを出た。ラッキーなことに、備え付けの家電以外盗られて困るような物は何もない。
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