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盗みを働く馬鹿
大声、短慮、品がない。
全てにおいてだらしがなくて、しかも大抵のことは腕力で解決できると信じている。
「自分勝手で思いやりもない」
「あ?」
「おまけにたまにしかお風呂に入らないからくさい、靴もくさい」
並べたら並べるほどに良いところなんてない。
それでもなんとかそれなりに、人間としての体面を保っていられるのはそこに悪意がないからだろうと常々ゾーアは思っていたのに。
「そこをとっちゃったらあなたなんて家畜以下でしょう…」
「え、俺なんかした?」
「してるの…してるのよ今!」
ぬけぬけとゾーアに質問して見せる様など、えらく間が抜けていてここまでくると腹立たしい。
この大混乱の状況を作り出したのは間違いなくこの男で、そしてその状況を刻一刻と悪化させているのもこの男だ。
ゾーアは、頬を引き攣らせ苛立ちを露わに声を上げた。
「早く降りていらっしゃいよ!!」
「お嬢そりゃ駄目だ、俺捕まっちゃう」
「ばっ…!!」
馬鹿野郎、と。
感情のままにそう叫んでやれたら少しはすっきりしたのかもしれない。
けれどゾーアは大した家柄ではないものの貴族家の娘で、しかも嫁入り前という小さな醜聞だって避けたい絶妙な年頃だ。
財政の芳しくない家に金運をもらたす相手を望む父が、嫁ぎ先探しに大いに苦心しているということくらいゾーアは承知している。
余計な心配をかけたくない。
なのに、だというのに。
「あなた本当にもう…なにやってるのよ!!」
ゾーアが見上げる先には、さすがは王都の宝物殿と納得するほどに絢爛な造りをしたバルコニーがある。
蔦が這う様を模したような装飾がされた欄干の上、そんな危なっかしい場所に男は立っている。
金色の髪を夜の少し冷たくなった風にそよりと揺らして、明日は雨っすかねとかなんとか厩舎番の老使用人と無駄話をしているときのような、まるでいつも通りの表情を浮かべて。
「なにやってるってそりゃ…まぁちょっと」
ちょっとってなんだ。
こんなとんでもない状況がちょっとで説明できるものか。
ゾーアはまるでなにもかも好転しない様子に苛立たしげに唇を噛んだ。
大混乱に陥っているのは周囲の人間ばかり、なぜこの男はこんなにもいつも通り飄々としているのだ。
アーギウス、それが粗暴でだらしのないこの男の名前だった。
父方の従兄弟のそのまた従兄弟の妻の兄の次男だったか、とにかくアーギウスはゾーアの遠縁の人間らしい。
詳しくは知らないがのっぴきならない事情があるのだということでゾーアの家に養子として迎えられ義理の弟となったアーギウスだったが、幼いゾーアですら本当に貴族の息子なのかと疑いを持つほどに素行が悪かった。
名前ばっかりご立派で貴族然としているくせに、粗暴でだらしなくて、言葉遣いだって乱暴で、とても弟としては接することができないほどに。
やがてごく自然な流れのように厩舎やら衛士やらの使用人の領域の人々によく馴染んでいって、今やその存在は使用人に限りなく近い絶妙な立ち位置におさまっている。
けれど、それを許されているのはアーギウスの性根が真っ直ぐであったからだ。
だらしがなくて乱暴だが致命的に人を傷つけることはなくて、陰湿なことはしないし他人と正面から向き合うことを恐れない。
ひとが心から嫌がることを弁えているから、品がなくて短絡的でも、からりと笑えば結局許されてしまう。
アーギウスとはそういう人間だったから、ゾーアの家族も、使用人たちも、あいつは仕方のない奴だと言いながらも心の底では彼を集団の一員として受け入れていた。
そしてそれはゾーアだって同じだった。
上品さが求められる場所は嫌いだとすぐに逃げて風呂にだってろくに入らないし、事あるごとに下らないちょっかいを出されてうんざりはする。
けれども心を潰すような侮辱をされたことは一度もなかった。
そして弟ではなく使用人が呼ぶようなのに、そのくせ少し親しげにお嬢と呼ばれるのは不思議な感じがして好きだったのだ。
(ばかみたい…わたしって、本当に…!)
この王都行きの旅が決まった時にいの一番に同伴を訴えたのは、アーギウスにしてはとても珍しいことだった。
形式や儀礼的なものが絡みそうなことは毛嫌いしていて近寄りもしないのがいつものアーギウスだったから。
けれど王都のおねぇちゃんと遊んでみてぇと言われたらアーギウスならばそうだろうという気がしたし、旅の警護役に俺以上の適任はいないんじゃねぇ?と言われればその通りだったから、むしろ父が妙に承諾を渋ることのほうがゾーアの心に残ったほどだった。
精力的な若者には田舎は刺激が足りなかろうから、連れて行ってやったらどうかとゾーアは父に進言までしたのだ。
間違いだった。
大きな、致命的な間違いだった。
ゾーアは指の先が白くなるほどにぎゅっと両手を握り締めて、衝動のままに大声を上げた。
「あなた…あなたどうしちゃったのよ!王都の宝物殿で泥棒をはたらくのがちょっとで済むはずがないでしょう!!」
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