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口説く馬鹿と絆される馬鹿
それらしい理由に何一つ反応しない、前王の落胤たる男、アーギウス。
バルコニーの欄干という不安定な場所になんてことない雰囲気で立ち続ける姿に、混乱極まったゾーアはもはや視線を向けることしかできないでいる。
「なぁお嬢」
「…え?な、なによ」
「これ本題なんだけどさ、王子様の誕生日会なんて行くのやめね?」
「は?」
この男は、こんな混沌とした状況でなにを。
しかもこれが本題とは一体どういう意味だ。
ゾーアはぽかんと口を開けたまま、返事をすることも忘れたようにアーギウスを見上げている。
「だってさーお嬢すっげぇめかしこんでんじゃん、普通じゃないじゃん。どーせこの誕生日会で金持ちの男でもひっかけようとしてんだろ?」
「ちょっ…あ、あなた!なんてこと言って」
「うち金ねぇしさ、まぁ親父殿とお嬢がそう考えるのも理解はできるっつうか?」
でも俺としてはおもしろくねぇんだよなぁ。
アーギウスはやれやれとばかりに、いつもの下品な大声でそう言った。
唐突に本題だなんて切り出したかと思えばゾーアの家が貧しいだの金蔓を捕まえに行くだの、あまりに外聞が悪すぎるではないか。
なんのつもりなのよ、いやほんとになんのつもりなの。
周囲に集まっていた騎士だの一般衛兵だの野次馬だのの視線が急に気になりだすゾーアは、頬に赤みが差すのを誤魔化すように負けじと大声を上げる。
「お、おもしろくないってなによ!そんなことよりも」
「おもしろくねぇんだって、だってお嬢が他の男に色目使うのやだもん」
「なに…なんですって?」
またも会話の風向きは急激な方向転換をして、しかもゾーアに激突している。
その衝撃に身動きが取れないでいるゾーアを見下ろして、アーギウスは腕組をしつつ片手でぷらぷらと雑にティアラを振った。
まるで学校の教師ができの悪い生徒を前に教鞭を揺らしているとか、そんな感じの雰囲気でだ。
「お嬢ってほんとに子供っつーか、わかってねぇっつーかさ」
「やだっ…や、やめなさい!あなたティアラをそんな風に雑に扱うなんて馬鹿じゃないの!」
「ほらなー全然わかってねぇ」
アーギウスは仕方のない奴だと言わんばかりの表情で大袈裟にため息をついた。
無論、ゾーアの注意もむなしくティアラはいまだぷらぷらと揺れている。
「ちょっとそっち行くわ」
「は?」
「お嬢ちょっとどいててな」
語尾の「な」を口にすると同時に、アーギウスはバルコニーの欄干から無造作に飛び出した。
危ない、とゾーアは叫ぼうとした。
おそらく周囲の人々も、言葉は違えど同じような意味合いの内容を口にしてざわめいた。
「おわ、ぶつかるぎりぎりだった」
しかし当の本人は至って平静で、心配をされる可能性にさえ思い当らないような顔でそう呟くのだ。
なにしろ着地は非常に軽かった。階段の2,3段を飛び降りた程度に易々と、アーギウスはゾーアの真正面に飛びおりてきたのだ。
いつもいつもあなたって人は!
途端にきっと眉を吊り上げるゾーアに向かって、アーギウスはにやり口の端を持ち上げた。
「どいててって言ったのにどかねぇんだもん、お嬢が悪いよ」
「いきなり飛びおりてくるなんて非常識が過ぎるわ!大体あなたはいま自分がどんな状況におかれているのかちっとも」
「あーはいはい、うっせぇなぁ」
口では悪態をついている。
言葉使いはもちろん悪いし、おまけに再び大袈裟なため息だってついた。
なのに、その表情に拒絶はどこにもないのだ。
いつもいつも、本当はそれが少し不思議だった。
鬱陶しそうで迷惑そうではある。けれどいまだかつて、ゾーアを拒むことは一度だってなかった。
それはやっぱり、こんな時にも同じで。
「ちょっと静かにしてもらえませんかねぇ」
だなんて、あまりに不真面目な返事なのに。
近づくその表情には、どうしても嫌悪感など読み取れない。
むしろそこには逆方向の、何かしらの熱を帯びた感情があるような気がしてならないのだ。
え、いやいやちょっと待って近づくってなに。
「…っ!」
気づいたときにはもうそれはなされている。
当然だ、その道に関しては手練れの異名をもつアーギウスに、なんの経験もない田舎令嬢が太刀打ちできる訳なんてないのだから。
「あ、アーギウス、あなた…!」
軽く触れてすぐに離れたって、触れた部位が部位だ。
ゾーアには、もう途端に真っ赤になってアーギウスを見るくらいしか方法がない。
「ん?もっかいする?」
ゆるりと細くなった垂れ目がちの瞳がいつもよりも濡れている。
認めたくはないけれど端正な顔立ちと長身、鍛えられた体躯が年頃の女性達に騒がれていることは知っていたし、遊び相手には困ってねぇと豪語しているのもよく聞いた。
だからこそ、そういったものがゾーア自身に向けられるだなんてことは絶対にないのだとばかり思っていたのだ。
なんで、と呆然と呟くゾーアに、アーギウスは口を尖らせた。
「お嬢俺のこと全然意識しないじゃん、そういうのよくない。そのくせ男捕まえにこんなとこまで来ちゃうなんてもう最悪だろ、なんつぅの?焦るっていうか…」
「…き、危機感?」
「それそれ!危機感!」
アーギウスは大きく頷いた。
「お姉ちゃんと遊んでればお嬢はヤキモチ焼くし俺は楽しいし一石二鳥だって思ったのに全然モチ焼かねぇし、何回頼んでもお嬢と結婚すんのダメって親父殿は言うし、俺には危機感しかないわけ」
「けっ…え?けっ…けっこん?」
「だからこんなに頑張ったってこと、我ながらすげぇ健気だわ」
言いながら、アーギウスはゾーアの頭の上に、あまりにも気軽にそれをぽんと乗せる。
赤くてきらきらしていて、この国の全ての女の子の憧れみたいな形をしたティアラ。
「ほれ、このギラギラしたなんだ…頭飾り?のっけてみたかったんだろ?」
それは事実だ。
そう、そうだけど。
ゾーアはまだ、アーギウスの語った内容の先っぽだって飲み込めていない。
それでもゾーアの耳が、首が、徐々に赤みを帯びていくのをじっくりと眺めて、概ね計画は成功したというような、とても満足げな顔をしてアーギウスは笑うのだ。
「お嬢のためにこんなことしでかしちゃうの、多分世界で俺だけだよ?」
「そ、それ…は」
「俺にしときなよ。そんで王都に来たついでにいい感じの部屋で既成事実でも作ってさ、無理矢理に結婚しちゃお?」
大声、短慮、品がない。
いかに前王の落胤であったとしてもそれは徹頭徹尾変わらなくて、格好をつければどこまでも格好よくできるのであろうこんな場面も、アーギウスにかかれば下品にしかならない。
それでも、自分でも馬鹿だと思うけれど。
たった一言口にしただけの憧れを自分の持てる全てを使って叶えて、俺にしときなよと笑うようなひとは、間違いなく世界でアーギウスただひとりだ。
「…お」
やめて、だめに決まってる。
事態はいまだ混乱のさなかにあって、なにひとつ解決なんてしていない。
分かっているのに、ゾーアの口はどうしても言うことを聞かないのだから、要するにゾーアだって馬鹿にお似合いの馬鹿なのだろう。
「お誕生日会への参加は、やめてあげてもいい…けど?」
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