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「お前に人間の面倒が見られるのか?俺たちよりずっと脆いし話す言葉も違うんだぞ」
クロムが最後まで言い終わらないうちに、コランは奴隷と奴隷商人の元に駆けていってしまった。
奴隷に繋がれた鎖を手にしてクロムのもとに戻ったコランはすこぶる機嫌がよかった。
「見てくれクロム、僕の"目"に狂いは」
「ああ待て待て!まだそいつに触るんじゃない!ったく、先に南の離宮に連れて行くぞ」
クロムはこっそり城壁の門番に金を握らせ、外に出た。城壁の外は鬱蒼とした森で、商人や旅人が乗ってくる馬車の轍が固まって出来た道が伸びている。
クロムは深く息を吸い、魔力を体に巡らせる。瞬きする間に巨大な赤い竜が現れた。
牙の並ぶ細長く突き出た口の先に一瞬魔法陣が光り、そして言葉が竜の身体に宿った。竜の姿のままでは言葉を発することができないためだ。
「ほう、悲鳴ひとつあげないとはな」
クロムの目は奴隷に向いていた。相手が竜人とわかっていても、実際に竜になった姿を目にすると慄いてしまう人間は少なくなかった。奴隷の分厚い唇は、未だ閉ざされたままだ。
「肝の座ったやつだ。ますます気に入った」
コランはクロムの背に飛び乗り、奴隷に手を伸ばす。
「ほらおいで」
おずおずと伸ばされた褐色の手は節が目立ち、まめだらけの手のひらは分厚かった。
「すごい、戦士の手だ」
昔取った杵柄なのか、奴隷の身のこなしは軽い。コランの力を借りずひょいと竜の背に跨る。クロムが猛烈な勢いで風を裂いて空を飛んでもびくともしない。
あっという間に南の離宮に到着した後は、奴隷を侍従に引き渡し風呂に放り込んだ。不衛生な格好であったのも確かだが、コランは未だに身体が丈夫な方ではなく感染症を防ぐ為でもある。
セオドラ王国に奴隷制はあるが形骸化している。基本的に使用人と同じ扱いで賃金や休暇も与えられ、十年仕えれば市民権を申請できる。かつてあった戦で、捕虜となったが国に帰れぬ者を奴隷にするという名目で引き取った名残りである。職にあぶれた者が悪さをすることを防ぐ意味もあった。
コランは奴隷が身繕いされている間、仕事部屋に篭った。黒檀の机の上には小さな布袋がたくさんならび、産地の名前がついている。
コランの住む南方ではオパールやアクアマリンが採れる。カッティングしたそれらの鑑定をし、品質の精査や値段をつけるのが彼の仕事だ。クロムとそろそろあの坑道は閉めるべきだの、品質はいいがカッティングが甘いなど語るうち侍従に呼ばれる。
離宮から見える海が夕日に焼かれるころ、コランたちの前にあの奴隷が再び姿を現した。
見違えるようであった。クロムと同じくらい上背がある立派な若者がそこにいた。
豊かに波打つ黒髪は後ろで一括りにされ、袖のないチュニックから伸びる腕や脚は筋肉に覆われていた。顔は彫りが深く、きりりとした眉が精悍な印象を与える。
そして大きな目の色は、鮮烈なサファイアブルーであった。
コランは駆け寄って、ぴょんと飛び上がり、褐色の太い首に腕を巻きつけその目を覗き込む。
「見ろクロム、あの海の色とも違う、神秘の青だ」
「それだけでソイツを買ったのかよ」
クロムは呆れたが、たしかに見事な深い青色で、ソイツの目がサファイアだったらひと財産築けていただろうな、などと思った。
「名はどうする?」
この国では主人が奴隷に新しい名を付けることで主従関係が結ばれる。
「やはりサファイアに関する名前がいい。そうだな、お前はーー」
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