遺産

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遺産

 高祖父は父が子供の頃に亡くなった。本が好きで、少し変わった人だったという。そんな高祖父が生前よくこもっていたという二階建ての大きな蔵には、沢山の本と古い置物、そして静かな時間がある。俺は昔から本が好きだったから、よくそこに入っては読書に明け暮れていた。  一家の変人、という扱いを受けていたらしい高祖父。しかし膨大な量の本にはどれも読んだ形跡があって、内容も多岐に渡る。中には英語やどこか見たことのない言語のものもあった。もしこれ全ての内容を身に付けているとしたら、本当はものすごい知識人だったのではないかと思う。俺はまだ、蔵書の半分も読みきれていない。蔵に一番足を運ぶから、という理由で、いつしか蔵の鍵は俺が持つようになった。  その日は肌寒い秋の終わりごろの日だった。本を読み終えて伸びをした。その時、棚にカフスを引っかけて、ボタンが床を転がった。棚の下に入ったそれを掻き出そうとその辺にあった火かき棒で探った時、何か叩いた感触があった。  ボタンと一緒に出てきたのは、木箱だった。特に封がされているわけでも、なにか書かれているわけでもない。軽く振るとそこそこ重さがある。本の一冊でも入っていそうだと思った俺はその箱を開けた。  空の小瓶と、古ぼけたノート。ノートには高祖父の名前が書かれていた。その頃には見たことのないこの高祖父への憧れがあって、俺は心臓が跳ねてどくどくと高鳴るのを感じたのを覚えている。ノートは触ると使い古した紙の柔らかさがあった。文字は多分万年筆で書いたのだろう。なかなか達筆だったが、この蔵で本を読み漁っていたお陰か読むのに困ることはなさそうだった。 「火の霊を用い目的を為す……?」  そこには、現実味のない魔術じみたことと、それを行うために使用する小瓶を2つ用意したことが書かれていた。今俺の手元にあるこのガラスの小瓶は念のため用意された予備だったらしい。つるりと滑らかでひんやりとしたガラスの感触はごくごくありふれたもので、変わった模様が刻まれているということ以外なんの変哲もないように思えた。ガラスでできた蓋を開けてみても何もない。 「まずは、魔力を籠める? 魔力を籠めてから火の霊を呼び出さなくては、この硝子瓶に居着くようにならない」  高祖父は本当に変わり者だったようだ。まさかこんなファンタジーな世界観を持っていたなんて。そう一蹴したかった。あまりにも現実から離れすぎたところにある。いっそ高祖父の創作小説だと思えれば。でも、ここに書かれた文字の強さが、何か成し遂げなければならないとこれを書き残したのだと俺に伝えてくる。知りたい。ここに書かれていることが真実なのかを。そして、高祖父が何をしたかったのかを。俺は夢中でノートを読み進めた。
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