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二人で移動して、さっきタクシーを降りたイタリアンレストランへ。酒も置いてあるようなところだから閉店時間も遅い。
「こういうとこあんま入ったことないや」
「イタリアンは苦手か?」
「出前のピザ位しか食べたことねえ。高くないのか?」
「私もここは入ったことないから値段はわからないけど、気にするな。多分そこまでじゃないさ」
ドアを開ければカランカランとベルが鳴る。香ばしい小麦粉やチーズ、肉料理の匂いに包まれた。バジルの匂いに胃が動き始める。少年が大きく息を吐く。きっとこの匂いを肺いっぱいに吸い込まずにはいられなかったのだろう。そこそこ賑わう店内の端の席に二人で向かい合って座る。
「夕飯は?」
「食べたけど腹減っちゃったよ、こんなうまそうな匂い嗅いだらさ」
「それなら私も少し食べようかな」
メニューを少年と共に覗きこむ。ピザ、パスタ、魚料理肉料理、ドルチェ。私の目を引いたのはトマトの赤とバジルの緑が鮮やかなマルゲリータだ。ちらっと少年を見ると、鶏肉のカチャトーラを食い入るように見つめている。
「それにするか?」
「おう、これ食ってみたい。トマト?」
「ああ、カチャトーラっていうのはトマト味の肉煮込みで、”猟師風”って意味があるんだ」
へぇーと息を漏らしたあとにこれにする、とにっこりする少年。きっと末っ子かなにかなんじゃないだろうかとふと思う。
「そういえばさ、酒は飲んだりするのか?」
「ああ、嗜む程度に。ワインとか好きだ」
「そうなのか? 俺も飲んでみたい」
「いや、未成年だろう?」
そう言うと一気に顔がむすっとしたものになる。ポケットから財布を取り出すと、
「ほら身分証明!」
「え、二十二歳?」
嘘だろう。こんな現実離れした事件を起こしているのが良い歳した男とは。しかも、個人情報をこんなあっさり。まじまじと免許証を見てから少年――もとい男と言うべきか、を見た。
「信じられないって顔してる」
「いや、悪かった。てっきり高校生くらいだと」
「帰る」
「悪かった今日は奢りだワインも飲め、飲めなかったら私が飲むから遠慮しなくて良い」
ここで帰られたら本当に困る。
「ほんとか?」
「本当だ。あと、私はマルゲリータを食べたいんだが、1人で食べきれないから手伝ってくれると嬉しい」
「ティラミス」
「……わかった、付ける」
「やりぃ!」
上機嫌に座り直すそいつ。こいつが良い歳した大人だなどと私は認めない。
内心歯噛みしながら店員に注文する。店員が離れていったのを見てから話を切り出した。
「それで、聞いても良いかな。なぜ君があれを続けているか」
「俺としては、なんであんたは俺の目的地を探り当てることができたのかってことも聞きたいけどな」
質問には質問を、答えには答えをということか。
「新聞だ。今までの場所と地図を照らし合わせて、現場を回って条件を探った。そして今日条件を満たすのはあそこだった」
「推理だけでここまで来たってことか。すげえな。
俺の見つけたノートには、さっき言った通り、召喚方法と現実ではあり得ない炎を毎夜浜宇都神社に向かって近付いて行くように灯して行く、っていうことが書いてあったんだ。炎を灯す場所についてはあんたが今日俺と会ったってところからして、あんたの推理通りだと思う」
微妙に質問の意図とはずらして答えてくるあたり、この男察しは良いのか。こちらも本当に聞きたいであろう答えとは違うことを言ったから。
店員がワインを注ぎに来る。イタリア産の赤ワインは女性向けに分類されてしまうほどに軽めの口当たりのものが多い。入門編にはぴったりだ。
「綺麗な色だなー」
グラスに揺れる深い赤色。覗き込めば華やかな香りが鼻を楽しませてくれる。グラスを鳴らさない乾杯をして、それを一口煽る。滑らかに入ってきたそれを舌の上で転がして、体温によって変わる渋みや酸味を楽しむ。優しい味だ。飲みやすい。が、目の前の男は不思議そうな顔をしていた。
「本当に甘くないんだな」
「そうだな」
思わず笑ってしまった。
「飲めそうか?」
「おう、ビックリしたけど飲みやすい。これがワインかぁ」
もう一口、もうー口とちびちび味わっている。アルコール度数のことは教えないつもりだ。
「料理と一緒だとまた格別だ。飲めそうなら一本で頼もうか?」
「でも俺そんなに強くないし」
カチャトーラが運ばれてくる。湯気の立つトマト煮込み。ピーマンや玉ねぎ、ナスが添えられた中央に柔らかそうな鶏もも肉がつやりと赤色に濡れている。
「余ったら持って帰ればいい。味が変わってしまっても料理には使える」
ぱく、と切った鶏肉にかぶりついた男が旨い、と声をあげた。
「じゃああんたが持って帰ってくれるなら飲むよ」
「良いのか?」
「奢ってもらった上に酒まで持たされたら流石に気が引けるだろ」
またワインを一口して感嘆の息を漏らしている。肉の旨味とワインの深み。互いの良いところを引き立てる酒と料理の組み合わせというのは罪深い。瓶で頼んだそれをこまめに少しずつ継ぎ足してやると、知らず知らず飲んでしまうのだから。
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