調査開始

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 司書さんに声をかけ、資料室へ。こんなに大量の新聞を見たのは初めてかもしれない。インクと古い紙特有のにおいにくしゃみをした。探すは1968年9月ごろの新聞だ。 1968年9月17日 怪奇、浅見川の火の玉。9月16日午後21時頃、人気のない土手にて火の玉が燃えているのを近隣の住人数名が目撃。火の玉は住人らが近づく前に消失し、現場にも燃えかすや遺留物など見られず、事件性は低いとされ捜査は終了した。  9月18日 火の玉、またも。先日の事件から1Km範囲の公園で火の玉の目撃があったと通報あり。現場にはやはりなにも残っておらず、不審人物の目撃情報もなかったため事件性は認められず、捜査は終了した。  9月21日 火の玉、自然現象とも説明つかず。 連日目撃情報が続く火の玉だが、科学現象とも自然現象とも説明がつかず、市民には夜の外出を控えるよう、伝達された。9月20日の夜も火の玉は目撃されている。  その後も火の玉に関する情報は寄せられているが、特に記事に変わりはなかった。現代と同じようにだんだん記事が小さくなっていっている。  9月28日 浜宇都川に火の玉。浜宇都川の堤防公園で火の玉を目撃したと通報あり。現場には見つからない証拠物に対しての諦めたような空気が流れていた。現場近くには300年近い歴史を持つ浜宇都神社と森林があり、歴史的建造物などへの被害が懸念される。  9月29日 浜宇都地区大火災! 死者、行方不明者多数。  9月28日夜、浜宇都地区が火の海と化した。突如として上がった火の手は瞬く間に広がり、浜宇都地区の住宅およそ160棟、浜宇都小学校の校舎を全焼させた。 火災発生約9時間後に鎮火したが、 死者、行方不明者はおよそ800人とされている。正確な数は未だ不明であり、瓦礫の量も多く救助活動は難航している。  記事を読み終わって眩暈がした。一人で背負うには重すぎやしないだろうか。しかし知り合いにこんな突飛な話をしたところで怪訝な顔をされるだけだろうし、頼む相手が思い付かない。  私にできることは、儀式を成功させないこと。しかしその儀式はまだ、どこで行われるかの法則性が掴めていない。わかっているのは同じ場所では起こらないこと、1日に一度であること、夜の21時ごろであること。 「あとは人気がないことか……」  場所をメモにまとめて考える。まだだ。足りないことがあるという確信だけがある。念のために9月30日の新聞も開いてみた。
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