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彼の猫と見守りカメラ
慌ただしい午前業務を経て、売り場の仲間と交代で昼食の時間となり、社員食堂で何時ものA定食をオーダーした裕菜は、受け取ったトレーを手に空いているテーブルに着いた。
持参した箸を箸箱から取り出している処に、同じ階で寝具売り場が担当の知佳がやって来て、彼女も同じA定食のトレーを手に挨拶を向けて来た。
「一緒して良い?」
裕菜は『いいわよ』と可愛いえくぼを見せ頷くと、スマホを取り出し電源を入れた。
知佳もスマホを手にすると、彼氏へのLINEだろうか? 赤いハートが一杯ついたメッセージを打っていた。チラ──と目をやり微笑んだ裕菜は、定食の野菜炒めを口に放り込みながら、手にしたスマホに目を戻した。
裕菜が箸を止め機動したスマホ画面に見入っていると、
「え? 猫動画? 可愛いね」
彼氏とのLINEが途切れたのか、知佳が首を伸ばして裕菜のスマホを覗き込んだ。
「ううん……見守りカメラ。昨日設置したんだ」
アイコンをクリックした裕菜がカメラの視点を変えて見せると、
「あれ、あれ──裕菜のとこ、三毛ちゃんだけだったよね?」
窓辺に寄せたソファーで飛び跳ねている白い仔猫を指差した。知佳の言う先住猫の三毛猫『チャオ』は、出て行った彼が連れて来た猫だった。
「えへへ、もう一匹買っちゃったの」
会社帰りに駅前のペットショップで、たまたま見て気に入ったんだと説明した。
けれどそれは建前。本音を言うと彼の置き土産のような猫と思い出の部屋に過ごし、三毛猫に彼への想いを馳せてしまう自分が嫌だったのだ。
貰い手を探したが見付からず、いっそもう一匹いれば、そんな想いを暈せる気がし、勢いで飼うことに決めた。
「へぇぇ、可愛い。まだ仔猫ちゃんなのね。なんて種類?」
「ラグドール。名前は『ぺぺ』よ。凄い甘えん坊なの」
スマホ画面の向こう側、自分のしっぽを追い掛け、ソファーから転がり落ちそうなほど飛び跳ねている白い仔猫を、食事の手を止め二人は目で追いかけた。
(あ、やだ。窓閉めるの忘れてる)
戸締まりを忘れたベランダの窓が細く空いていて、レースのカーテンが風に揺れていた。女の独り暮らしの無用心を戒めるように、裕菜の胸が小さく騒めいた。その時仔猫のペペが可愛らしく高い声で『ニャァ』と鳴くのが届いて聞こえ、『可愛い』と知佳は大喜びし、
「ねぇ、ねえ、もう一匹は? 三毛ちゃんも見せて」
先住猫の姿をねだり、裕菜が画面を何度か切り替えると、洗面所の扉の前で腹を出して寝ている三毛猫チャオの姿を見付けた。
「きゃぁ、へそ天──」
ケラケラ笑った知佳は、『また見せてね』と休めていた箸を動かした。
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