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みつけた!
その日から、イブリンは王子の体臭を嗅ぐことを課せられた。
先ずは息を吹きかけられ、次に鼻の匂いを嗅ぐのだが、これの位置取りが難しい。
下手をすれば唇同士が触れそうになってしまう。
首がつりそうになりながらも何とかやり過ごし、次は肛門で最後に腋。
何故か意欲的な王子は、いつしか上半身裸に下穿きのみ身につけた格好で待機するようになり、イブリンはそれに困惑しながらも何とか役目を果たしていた。
しかし、肌への直接の触れ合いは、余計な妄想を煽る。
イブリンは純粋な王子に対して不埒な思いを抱く自分に罪悪感を抱き、日に日にいたたまれなくなってきた。
それにもし、こんな所を誰かに見られたら…!
イブリンだけがお咎めを受けるというならまだしも、王子だって無事では済まないだろう。
変態の烙印を押され、研究を続ける事もままならなくなり、エカテリーナとの縁談にも支障が出たら…
イブリンは自室のベッドの中で身体を縮め、青ざめ震えた。
一睡も出来ずに迎えた朝、頭がふらつき、足元も覚束無い。
朝食も喉に通らないイブリンを見兼ねて、先輩メイドが目の前にカップを差し出した。
「これを飲んでみなさい。王都で今人気のトピトピという飲み物よ」
イブリンはヨロヨロと頭を動かし、カップを覗き込んだ。
褐色のお茶と思われる液体の底に、半透明の粒が溜まっている。
「これは…カエルのたま…」
「違うわよ。トピ粉と砂糖を捏ねた物に熱を加えたらこんな風に半透明になるのよ。喉越し良く飲めるし栄養もあるの」
イブリンは力説する先輩の圧に逆らえず、半信半疑ながらもそれを口にする。
プルプルの粒が甘いお茶と共につるんっと喉に滑り込んだ。
「ふん?!」
「イけるでしょ?クセがないからどんな飲み物とも合うのよ」
イブリンはガタンッと音を立てて椅子から立ち上がり、カップを高々と掲げた。
「これだーーーーー!!!!」
面食らい後退る先輩の横をすり抜け、唖然と見上げるメイド達の視線の中を、イブリンは猛スピードで駆け抜けた。
「ついに見つけたぞーーー!!!」
イブリンはカップを松明のように掲げ持ち、王子の待つ研究室へと急いだ。
蔓薔薇の棘がメイド服を引っ掻くのも気にならない。
とにかく、早く王子に知らせたかった。
もどかしげに白いドアをノックして、大声で叫ぶ。
「殿下!イブリンです!開けて下さい!」
中からガタガタと物が倒れるような音が聞こえ、王子の慌てた声が返ってきた。
「イ、イブリン?!どうしたんだい?今朝はやけに早いね」
「殿下!急ぎお知らせしたいことがあります、開けて下さい」
「ちょっ、ちょっと待ってね」
もしかして何か取り込み中だったのだろうか。
だったら、申し訳ない事をした…だが、早く伝えたい。
きっと王子も喜んでくれる筈だ。
後はこのトピトピに薔薇の雫を注入する方法だけを探れば良いのだから。
イブリンはうずうずと身体を揺らして待つ。
漸く扉を開けた王子は、そっと隙間からイブリンを窺う。
途端に濃厚な薔薇の香りが立ち上る。
「薔薇の雫を召し上がっていらっしゃったのですか?お邪魔をしてすみません」
「へっ?」
「殿下からとても強く薫るので」
「えっ、あっ、うん、そうなんだ」
王子は目を逸らしてぎこちなく頷いた。
イブリンは王子の珍しい反応に首を傾げつつも、逸る気持ちを抑えきれずに扉を掴んで広げた。
王子はすすっと後退さる。
「図々しくも時間外に訪れてしまった無礼をお許しください、でも、直ぐにでも殿下にお知らせしたかったんです!」
「そ、そうなの?どうしたの?」
イブリンはカップを王子の目の前に突き出した。
「ん?何かなこれは…えっと…ヤモリのたま…」
「違います。トピトピです!!」
「トピトピ?」
イブリンは得意げに顎を上げて微笑む。
「この中に薔薇の雫を注入すれば、味を感じることなく摂取出来ます!!」
王子はカップとイブリンを交互に見て瞬きをした。
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