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そのために、役者には「そのシーンに必要な分」しか脚本を渡さず、他の役者が演じている役どころについても、詳しい説明をしない。この先何が起こるのか、何も知らずに演じるというわけだ。多少の不安はあるが、なかなか面白い撮影になるかもなと、俺はこの日が来るのを、ある意味楽しみにしていた。
俺の与えられた役どころは、20代半ばのサラリーマンという、「ごく一般的な人物」だ。だがそれはあくまで「表の顔」で、実は凄腕のハッカーという「裏の顔」を持ち、その手腕は年に数億の利益を上げたこともあるというツワモノである。サラリーマンとしての姿は、その裏の顔を隠すためのものに過ぎないのだ。
もちろんこういったゲームに於いては、このキャラクターが物語を進める上で「中心人物」になるのは間違いない。そういった意味で、2番の女が「ヒロイン役」なのかと想像していたのだが。俺は、もしかしたら監督の意図は「別のところ」にあるのかもなと、密かに考えていた。
実は、俺は役どころとしての設定ではなく、本当に役者をしながらハッカーなどの「裏稼業」で、ある程度の収入を得ていたのだ。さすがに年に数億とまではいかないが、それなりの実績を上げて来たという自負はある。今のところ役者仲間にバレた覚えはないが、脚本も書いている監督はどこかで「そのこと」を知って、俺にこの配役を振ったのではないか……? それが、俺が感じていた疑問点だった。
そしてもうひとつ、これはドラマや映画でたまにある設定だが。この映画自体が、俺をハメるために仕組まれた「大掛かりなワナ」という可能性も、ないとは言えないだろう。つまり、まだハッカーとして罪に問われたことのない俺を、なんとか刑務所送りにしてやろうと、警察連中が映画撮影をでっちあげて、わざとこういう役どころを俺に押しつけた。俺がうっかり「本当にやっているハッカーの手口」でも喋ろうものなら、すぐに証拠として使えるよう、どこかでこの撮影をモニターしているのかもしれない。
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