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千春ちゃんは、さっきの会話で全てを察したようだ。さすが、心配になるくらい純真な天然男の婚約者はひと味違う。
「健二⁈」
久美がなんでこんなに焦っているのかわからない様子の冬弥からペンと紙を受け取ると、千春ちゃんは笑顔を見せる。
「もちろん」
すぐに名前を書き入れると、千春ちゃんはその紙をこちらに向け、目の前の久美に差し出した。
「じゃあ、最後は久美ママに」
「千春ちゃん⁈」
「ちーちゃん? 証人欄は二人じゃ……」
あっさり気づかれて顔を赤らめる母と、いまだに何も気づいていない息子の様子はまるでコントだ。
「やだな、冬弥君。まだ書く場所あるでしょ?」
千春ちゃんも堪えきれず笑いながら冬弥に返している。
「えっ?」
そこでようやく気がついたのか、冬弥は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてこちらを見た。
「健二さん。母さんと……結婚、するの? いつの間に……」
「ま、久美がいいって言えばだけどな」
そう笑いかけてから、体を隣の久美に向けた。
「久美。やっぱ、世の中はまだまだ籍が入ってないとできないこともある。俺は最後をお前に看取ってもらいたいし、俺の持ってるものはお前に残したい。だから結婚して、俺の妻になってくれ」
30代は今のままでいいと思っていた。40代になり、50も目前になると、色々と考えてしまう。そして出した答えは、やはりここに行き着いていた。
「今更だけど。本当に、いいの?」
「当たり前だろ。俺の夢はお前と一緒の墓に入ることだ」
「いったい、いつの話よ!」
「あと30年後くらい? まだまだ長生きするつもりだしな」
笑顔でそう言う俺に、久美は半分呆れたように笑った。
「そうね。今からでも、鮎川になるのは悪くないかもね」
久美はペンを取るとサラサラと用紙に書き入れた。
「じゃ、今から出しに行くか!」
「はっ? ちょっと気が早くない?」
「何言ってんだ。俺はむちゃくちゃ気が長いだろ」
俺たちのやりとりを見て千春ちゃんはクスクス笑う。
「久美ママ、ここはもう覚悟を決めて!」
「母さんそうしなよ。健二さん、ううん? 父さん。母さんをよろしくお願いします」
冬弥はそう言うと俺に向かい深々と頭を下げた。
「ありがとな、冬弥」
父と呼ばれ柄にもなく泣きそうになるのを堪えながら、俺は久美に手を差し出す。
「久美。行こう」
酸いも甘いも教えてくれた最愛の人は、笑顔でその手を取ってくれた。
おわり
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