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「もしかして……千絵か?」
「そうだよ」
思わず立ち上がって後ろを振り返る。が、そこに彼女の姿はなかった。声が聞こえるというだけで、多聞にその姿を見ることは出来ないのだ。
牧原千絵、彼女は物心つく前から多聞の隣の家に住んでいた幼馴染だ。年齢が一つ下ということもあって、妹のような存在でもある。彼女には二つ上の兄がおり、互いの両親の仲が良いこともあって、家族ぐるみの付き合いをしていた。
「航ちゃんには私が見えないの?」
「あぁ。その姿……まさか死んだのか?」
縁起でもないことだが、意を決して口にする。目に見えない存在ということは、そういうことなのかもしれない。
彼女と最後に会ったのは、高校入学と同時に隣県へ引っ越すことになった十五年以上も前のことだ。引っ越しの当日、家の前で言葉少なに寂しそうな責めるような瞳でじっと見つめられたのが、今でも忘れられなかった。
「わからない。気付いたらここに居たの。最初は誰の家かわからなかったけど、本棚に航ちゃんの本がいっぱいあるし、パソコンで怖い文章書いてたから……」
彼女の記憶は曖昧で、自分が何故ここにいるのか、どうしてこんな姿なのかわからないと言う。だが、多聞が執筆業で食べていることくらいは薄っすらと覚えていたのだろう。執筆活動は本名でしていたし、著作が映像化されたこともあって、おそらく風の噂程度には知っていたはずだ。
現在彼が執筆しているのは、実際に取材した東北の最恐心霊スポットと名高い、廃墟と成り果てた神社の描写だった。多聞は、目に見えない存在の声が聞こえるというその体質を利用して、方々から寄せられる都市伝説や自らが体験した心霊体験を記事にする、人気怪談ライターだ。
現在の成功を鑑みれば職業選びに成功したとも言えるが、その能力のせいで執筆時間を邪魔されるとなれば、それはそれで問題である。
再び椅子に座ると多聞は片肘をついて、「何だってまた十五年以上もご無沙汰の僕に会いにくるかね?」とぼやいた。
「それだけは記憶が無くても何となくわかるよ」
「ん?」
「小さい頃、約束したの覚えてる?」
(約束?)
再び高速で脳内アルバムを捲る。“小さい頃”とはおそらく小学生の頃だろうか。その頃のアルバムは、三十路の多聞にとって大分薄く判別しづらくなっている。
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