不思議なものを聞く娘

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不思議なものを聞く娘

 ソヨはほんの小さなころから、不思議なものを見たり聞いたりしていました。  田んぼのそばの雀たちが、あそこの姑は嫁に飯をやらずに自分だけ握り飯を食べてるとか、木で休んでいるカラスがどこの旦那が仕事もしないで酒を飲んでるだとか、綿みたいなものにひょろ長い手足がついた変な生き物がお地蔵さまの裏から出てきてお供えを食べてる姿だとか。  幼いソヨは意味も分からずそれを親に教えていました。最初は子供のざれごとだと思っていた両親も、よそから噂話を聞くにつれソヨの言っていたことが本当だと気づきます。人の秘密を見てきたように喋り、何もないところを指差して何かいると言うソヨをだんだんと薄気味悪く思い始め、しまいにはソヨが何か言うたびに話すなと怒鳴りつけるようになりました。  両親から疎まれた幼いソヨは口を閉じ、何も話さない静かな子供に成長しました。  口は閉じても、耳は聞こえてくる話を拾ってしまいます。今日も聞くとはなしにカラスのお喋りを聞いていました。 「今度の満月に嫁入りがあるらしい」 「一本杉の名無し屋敷のところだろう。大層な嫁入り道具だと穴熊から聞いた。花嫁行列も見ものだろうな」 「紅白饅頭を山と用意したのは聞いたかい? 祝いを口にしたら誰でももらえると」 「そりゃすごい。随分とはりこんだな」  この話を聞いたソヨは花嫁行列がとても見たくなりました。 ソヨが知っている行列は葬式だけで、花嫁さんも見たことありません。カラスの口ぶりからすると、とても立派な花嫁行列なのでしょう。お目出度いことだからきっと綺麗に違いないと想像します。貧しい村ですから、そんな大層な嫁入りがこの先もあるとは思えません。一度でいいから見てみたいと、ソヨは胸をときめかせました。誰でも行っていいのだから、自分が行ってもいいはずだと考えて。  満月になるのを指折り数えて待ち、眠った家族を起こさないようこっそり家を抜け出しました。月明かりを頼りに山の一本杉が見えるところまで駆けて行きます。  高い場所から見まわすと、いくつものぼんやりした灯りが木のあいだに浮かんでいました。薄黄色の灯りがゆらゆらと、行列になって向かってきます。お嫁さんを一目見たいソヨは、道のそばの茂みに隠れました。  柔らかい提灯の灯りで森の中を照らして進む行列が、ソヨに近づいてきます。歩いているのは何でしょうか。立派な紋付き袴に紙のお面をしているので、ソヨにはまったくわかりません。  息を殺して待っていると、白い綿帽子を被った白無垢のお嫁さんが輿に乗っているのが見えました。提灯の灯りで薄っすら光る着物の美しさに見惚れたソヨは、うっとりとため息をつきました。  長い長い花嫁行列でしたので、すべて通り過ぎるころにはソヨの体は冷えていました。思わず出たくしゃみに慌てて口を塞ぎましたが、一番後ろを歩いていた子供に気づかれてしまいました。列を離れてソヨが隠れている茂みにやってきます。逃げ出したいのに慌てすぎて足が動きません。 「何してるの?」  怒られると怯えたソヨの肩がビクリと跳ねました。泣きそうな声で返事をします。 「花嫁行列が見たくて……」 「紅白饅頭もらいに行かないの?」 「……行ってもいいの?」 「いいよ。でもお面がないと」  怒られるどころか紅白饅頭をもらいに行ってもいい言われ、喜びに輝いたソヨの顔はいっぺんに曇りました。甘い物を最後に食べたのはいつだったでしょうか。村の名主の息子が嫁を迎えたときにもらった紅白饅頭は、ソヨだけ分けてもらえませんでした。  ソヨがあまりに悲しい顔をするものですから子供は慌てました。キョロキョロ周りを見渡すと走り出し、急いで大きな葉とツルを持ってきます。ソヨの顔が隠れるくらい大きな葉に目の穴を開け、額からツルをまわして頭の後ろで縛りました。 「ほらできた。これでいいよ。一緒に行こう」  子供は弾んだ声でそう言って、ソヨへ手を伸ばしました。ソヨがおずおずその手を掴むと、お面の向こうの目が笑います。2人は手を繋いで話しながら、行列へ追いつくために少し早めに歩きました。 「お面、ありがとう」 「うん、このこと誰から聞いたの?」  ソヨはわけを話そうとしましたが、両親の怒った顔が浮かんで不安になりました。  この子は私が話しても怒らないかな? カラスから聞いたって言ったら気味悪いって思うかも。でも、本当のことを話さないと嘘つきになっちゃう。  ……不思議な人たちだから、大丈夫かもしれない。 「……カラスがお喋りしてるのを聞いたの。花嫁さん見たくて」 「ふーん。お喋りカラスがあっちこちで話してるって本当だったんだ」 「うん。豪勢な花嫁さんだって言ってた。行列も長くて花嫁さんもきれいですごかった!」  恐る恐る口にした言葉になんでもなさそうな返事をもらえ、ソヨは嬉しくなりました。喋っても怒鳴られないどころか、ソヨの話に笑ったりうなずいたりしてくれます。  なんて優しいんだろう。お面を作ってくれたし、迷子にならないように手も繋いでくれます。  寂しかったソヨは優しい子供がいっぺんに好きになりました。  楽しいお喋りをしていたら、いつの間にか一本杉のそばの立派なお屋敷に着いていました。こんなところにお屋敷があったなんてと驚くソヨを連れて、子供は屋敷の門をくぐります。ずんずん歩いて入った広い玄関先の廊下に何やら大層な絵が描かれた衝立があり、その前には紅白饅頭を山と乗せた盆がありました。紋付き羽織を着て紙の面をつけた男が、愛想よく声を掛けてくれます。 「これはこれは、いらっしゃいませ」 「あの、おめでとうございます。すごくすごくきれいな花嫁さんでした」 「ありがとうございます。花嫁も喜ぶでしょう。お祝い事ですからおひとつどうぞ」 「どうもありがとうございます」  ソヨは手渡された紅白饅頭を受け取ってお礼を言いました。 「坊ちゃん、もうすぐ始まりますよ」 「この子を送ってくる」  男に声を掛けられた子供はソヨと手を繋いだまま、また門を出て歩きます。 「一緒に食べよう」 「僕は中で食べられるから全部食べなよ」 「でも」 「これからお膳も食べるから、お腹空かせておかなきゃいけないんだ」 「ありがとう」  饅頭を譲ってくれる子供の言葉に胸がほんわりあったかくなります。子供とこのまま別れたくないソヨは、何か話そうとおずおず口を開きました。 「わたし、ソヨって言うの。あなたは?」 「僕たちは名前を教えちゃいけないんだ」 「なんで?」 「知りたい?」 「うん」  友達になりたいソヨは力強く頷きます。 「僕たちは結婚する人とだけ名前を教えっこするんだ。僕の名前を知ったら、ソヨは僕のお嫁さんにならなきゃいけないんだよ。それでもいい?」  子供はいたずらするみたいに笑いながら言いました。初めて聞く決まりにソヨは驚きましたが、優しい子供がすっかり好きになっていたので迷うことはありません。 「うん、なる」 「声に出しちゃダメ。誰かに教えてもダメ。約束できる?」 「うん」  子供は楽しそうに笑い、ソヨの耳に小さな声で囁きました。  そんな大事な名前を私に教えてくれるなんて。嬉しくて飛び跳ねたい気分です。でも口に出してはいけません。ソヨは教えてもらった名前を胸の中の宝箱にしっかりしまいました。 「僕が大人になったら迎えに行くから待っていて」 「うん」  ソヨを家の近くまで送ってくれた子供は大きく手を振って帰って行きました。
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