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渡が腕組みをして星島に訊いた。
「なるほど、業界の仕組みはだいたい理解できました。だが、星島さん、その事とあなたが佐久間ミーナさんを探して欲しいという話はどうつながるのですかな?」
星島は急に沈痛な顔つきになって、あの新法の条文が書かれた紙を指差した。
「発端はそのマーカーで塗ってある部分です。AV良化法で、契約書を書いてから最低1か月は撮影禁止、契約が発効してから最低4か月は作品の発売、宣伝も一切禁止。さらに出演者は作品の公表から1年間は無条件で契約を解除できる。つまりせっかく発売しても、もし女優が気まぐれを起こして契約を解除すると言い出したら、メーカーは作品の販売を中止して店頭や配信サイトからその作品を回収しなきゃならなくなります」
宮下が怪訝そうな顔で言った。
「18歳、19歳の新成人にはその程度の特別な配慮は必要じゃないの?」
星島はきっとした表情になって答えた。
「あたしたちも最初はそういう話だと聞かされてました。でもいざ法律が出来てみたら、年齢に関係なく、AV女優全員と全てのメーカー、全ての作品にその規制がかけられるという話に化けていたんです」
筒井が驚きの声を上げた。
「ええ? それだと契約書書いてから実際に作品が発売されるまで、最低5カ月かかる事になるんじゃ? それも発売してから1年間は取り下げるリスクをメーカーは負う事になる。それじゃ商売にならないんじゃないですか?」
星島が憤懣やるかたないという表情で答えた。
「その通りなんですよ。しかも刑罰が最高で懲役3年、法人に対する罰金は1億円。その上にですよ、例えば女優が突然病気になっても代役立てる事も不可能になるし、撮影場所が例えば、何らかの事情であるスタジオから別のスタジオに急遽変更したら、この法律の違反になるかもしれない。そんながんじがらめの規制で刑罰のリスク負って作品作るのは不可能です。この新法が施行されてから、撮影の計画自体が何十も中止に追い込まれているんです」
筒井が眉をしかめて言う。
「変ね。そこまでの影響がある内容の法律なら、事前に業界団体からヒアリングをするはずなのに」
星島が吐き捨てるような口調で言う。
「浅川議員にそこを問い詰めました。それは行ったという返事でした。でも、国会議員がヒアリングをしたのは、さっき言ったAV人権規範機構だけなんです。あの機構は監視のための第三者機関であって、業界の内情なんか知らないし、ましてや業界の利害代表じゃありません。何百人もの国会議員が、第三者機関を業界団体だと勘違いして法律を作ってしまったんです」
遠山がため息をつきながら言った。
「ひどい話だな。そんないい加減な事が、国会で起こるなんてあり得るのか?」
筒井がタブレットの画面を見ながら言った。
「AV良化法って議員立法だったんですよ。あたしたちでさえ今星島さんから説明されてやっと分かった業界の仕組みですからね。国会議員が知っていたとは思えませんね。業界の事を何も知らない人たちが、フェミニスト団体の一方的な主張だけ聞いて、それを鵜呑みにして法律つくっちゃたんですね」
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