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ブロロロという重々しいエンジン音、そして地面をひっかくような甲高い金属音が窓ガラス越しに響いて来た。
しばらく眉をひそめながら、うるさいのを我慢していた浅川だったが、その重低音がどんどん大きくなっているのに気づいて、ソファから腰を上げた。
「ちょっと何よ、これ。なんかの工事? だとしてもこんな夜中にやるなんて非常識ね。どこの業者?」
その重低音がさらに近くまで響いて来た。浅川は窓のカーテンを開け、窓を開いた。そして驚愕のあまり、ブランデーグラスをぽろりと床に落とした。
窓のすぐ外に、高さ1メートルほどの巨大な獣の顔が見えていた。その顔は熊に似ていた。
黄色っぽい毛皮の表面には虎のそれのような筋状の黒い毛がいくつも線を描き、少し突き出した鼻面の口元からは、短いが鋭い牙がのぞいている。
さらに異様だったのは、その獣の頭の上は鈍い銀色の金属で出来た、西洋甲冑のヘルメットの様な物が被せられていた事だった。
一戸建ての2階の窓に軽々と届くほどの体躯のその獣の両前脚には、これも金属の手甲がはめられていて、その手甲から外に向かって先が鋭く尖った金属の爪が伸びていた。
驚きのあまり悲鳴を上げる事さえ出来ない浅川は、よろよろと後ずさった。その瞬間巨大な獣の右前脚が大きく振り上げられ、2階部分の外壁を横から殴りつけた。
外壁は砂糖菓子のように崩れて、獣の前脚は浅川がいる部屋の壁をも突き破り、浅川の体を部屋の端に叩きつけた。
骨が砕ける音がして、浅川の体はぐしゃりと潰れ、部屋の内壁に大量の血のりとともにへばり付いた。
さらに獣の左前脚が家屋の外壁を反対側から叩きつぶし、2階部分はぐしゃぐしゃに潰れ、屋根から瓦が次々と地面にずり落ちて行った。
獣はグルルルとうなり声を漏らしながら、そのままの姿勢で後ろへ移動して行った。
屋敷の敷地のすぐ外に若い女性が立ち、暗がりの中からその一部始終を見つめていた。
明るいブラウンに染めたセミショートの髪、Tシャツにデニムのミニスカートといういで立ちの、20歳そこそこの風貌のその女は、紙細工のように潰れた屋敷の2階部分を見つめながら、ぼそりと独り言を言う。
「最初の一人。マリナさん、仇は取ったよ」
そしてその若い女は、こわばった表情のまま、歩いてその場を去り暗闇の中に溶け込むように消えた。
あの巨大な獣が消えて行った林の中から、ブロロロという重低音が少しずつ小さくなっていくのが聞こえて来た。
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