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宮下がいつもより遅い時間に渡研の研究室に入ると、珍しくうろたえた様子の渡が駆け寄って来た。
「おい、宮下君。君の所の隊長さんから連絡があったが、人探しとはどういう事かね?」
宮下は自分のデスクにバッグを置きながら、自分も困っているという苦笑を顔に浮かべた。
「ああ、もう話は入ってましたか。いえ、あたしにも分からないんですよ。隊長からは理由は聞かずにとにかく協力しろとだけ言われてまして」
渡はいかにも落ち着かないという様子で、まるで熊のように宮下のデスクの周りを歩き回った。
「しかも訪ねて来るのはAV女優という話じゃないか。私はそんな種類の人物と会った事も関わった事もないぞ」
遠山がにこにことうれしそうな顔で、宮下に言う。
「宮下君、そのAV女優さんて美人なのか?」
宮下は少し顔をしかめて遠山に応える。
「遠山先生はずいぶんうれしそうですね」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。まあ、いいじゃないですか、渡先生。人探しぐらい手伝っても。これも世界の平和のため」
遠山のうきうきした口調に渡も顔をしかめながら言う。
「それより、画像の分析はどうなっとる? あの巨大な獣の正体は分かったのか?」
遠山は相変わらずにやついた顔で、自席のパソコンを操作し、壁に掛かっている大型スクリーンに、あの不鮮明な写真を写し出した。
「こんな荒い画質じゃ推測の域を出ませんが。考えられるとすれば、ホラアナグマですね」
聞き耳を立てていた筒井がつぶやく。
「ホラアナグマ?」
遠山が壁の大型スクリーンの画像を切り替える。そこには大きな熊の骨の化石が映った。
「更新世後期に生息していた大型の熊の仲間です。2万4千年前に絶滅したとされる、熊の仲間としては歴史上最大の種ですね」
松田が大型スクリーンを見つめながら遠山に訊いた。
「生き残りがいたという事でありますか?」
遠山は首を横に振りながら言う。
「いや、そうとも限らない。最新の研究によれば、ホラアナグマと現生種のハイイログマは、大昔に交雑していた事が確認されている。現代のハイイログマの遺伝子には、部分的にホラアナグマの遺伝情報が混じっている」
松田がまた訊く。
「ハイイログマとはどういう熊でありますか?」
「北アメリカに毛皮の色がやや薄い大型の熊がいるだろう。日本ではグリズリーと呼ばれているやつ」
筒井がヒッと悲鳴のような声を上げた。
「あのでかくて凶暴な熊ですか? それの古代種って事ですか? だったら怖いですよう」
遠山は少し真剣な表情になって言った。
「ハイイログマの遺伝子からホラアナグマの特徴を持つゲノムだけを取り出して、再現する事は不可能ではないかもしれない。現代の遺伝子操作技術を以ってすればね」
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