マグダラのマリアのための黙示録

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 昼休みが終わり、各自が昼食から戻って来た渡研の研究室では、それぞれが違った意味で落ち着かずそわそわしていた。  渡はあごひげをしごく癖がいつにも増して頻繁になっていて、宮下は星島さくやとどう接するべきか真剣に悩んでいた。  松田と筒井は、あの巨大な熊とAV女優の間に何の関係があるのか、未だに理解できずしきりに首をひねっていた。  一人遠山だけが、壁掛け時計を何度も見ながら、期待に胸が弾むといった表情でニコニコ、ニヤニヤと顔をほころばせている。  渡の机の上の固定電話が鳴り、渡が派手な音を立てて椅子から飛び上がった。おそるおそる受話器を取ると、正門に守衛詰め所からの連絡で、研究室に来客があるとの事。 「ああ、聞いてます。お通しして下さい」  そう答える渡の声は完全に引きつっていた。  数分後、研究室のドアがノックされた。松田がデスクから立ち上がって内からドアを開ける。  そこに立っていたのは、20代半ばぐらいの見た目の、意外に小柄な女性だった。肩甲骨あたりまでまっすぐな黒髪を垂らし、上品な半袖、ロング丈の淡い緑色のワンピースを着こなしている。  目鼻立ちははっきりとしていて、くりくりとよく動く目が際立つ華やかな印象だが、特に変わった感じはしない可愛い系の女性だった。 「あの、こちらが渡先生の研究室でしょうか?」  澄んだ高い声で訊かれて松田は、つっかえながら答えた。 「は、わ、わた、渡研はここであります」 「あたしは星島さくやと申します。この度はご協力をいただけるそうで、ありがとうございます」  そう言って星島は深々と腰を折って頭を下げた。渡は自分の机から立ち上がりドアの所まで歩いて来た。右手と右足、左手と左足が同時に動いていた。 「あ、わ、わ、私が教授の渡です。とにかくお入り下さい」  星島はドアを閉め、渡の前に来て下げていた大きな紙袋を差し出した。 「これ、つまらない物すが、皆さんでお茶請けにでもどうぞ」  渡は半分引きつった顔で紙袋を受け取りながら言った。 「いや、こんな気を遣わなくてもよかったのに」  星島はにっこり笑って応えた。 「いいえ、無理なお願いを聞いてもらいに来たんですから、これぐらいは当然です」  松田が渡に言う。 「せっかくのご厚意ですので、お茶でも淹れましょうか?」  渡が小刻みにうなずきながら言った。 「ああ、そうだな。そうしてくれるか、松田君」 「あ、じゃあ、あたしもお手伝いしますね」  星島がそう言って松田と一緒にキッチンスペースに向かう。松田があわてて言う。 「いえ、自分だけで大丈夫です。お客さんに手伝わせるわけには」 「いえ、お世話になるのはこっちなんですから、それぐらいやらせて下さい」  松田と星島がキッチンスペースに消えると、渡は大きくため息をつきながら小声で周りに言った。 「いや、AV女優というから、どんなとんでもない人物が来るかと思っていたら、ごく普通の女性じゃないか」  筒井も額の汗をぬぐいながら言う。 「あたしも緊張しましたよ。なんか、もっとこう、ド派手な人かと思って」  宮下もそっとつぶやいた。 「これなら女同士の話もしやすいかも。助かる」  渡は応接スペースに向かいながら言った。 「今どきの学生よりよっぽど礼儀正しいし、しっかりしているじゃないか。職業で人を判断するもんじゃないな」
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