0人が本棚に入れています
本棚に追加
0.事件
「ジャッキー部長、やめてください! 今そんなことして一体なんになるんですか」
マリリンが今にも泣きそうな声で言う。
制服の胸に卒業生の青色の花飾りをつけたジャッキー部長は、いつも通りの飄々とした顔で、手にしたCDケースを握る手に力を込めた。
「……なんにもならないかもな。ただ俺はちょっと、この退屈な卒業式に派手な花火を打ち上げてやろうと思っただけさ」
体育館のステージの二階部分にある、この体育館放送室の緊迫した状況とは裏腹に、舞台上ではだらだらとした校長先生の挨拶が続いている。
「ジャッキー部長」
止めなければ。そう思っても体が動かないのは、僕は部長のしようとすることに心の底から反対できないでいるからだ。
「ちょっと! ヤブくんもちゃんと止めてよ。こんなことしたら部長、せっかく決まった大学だめになっちゃうかもしれないんだよ!」
マリリンに言われて初めて僕はその可能性に気づいた。僕たちは部長が夢のためにどれだけ努力したかよく知ってる。
「やめましょう。やっぱりそれは冗談の中だけにしとくべきです。だいたい、いつもそういうの止めてくれるのがジャッキー部長でしょ?」
部長はメガネの奥の瞳をわずかに細める。
「放送部部長はもう卒業だしな。最後くらい自分の好きなようにやってもいいと思わないか?」
僕はCDデッキの前に立つ部長の腕を掴んで全力でデッキから引き離そうとした。一年生の僕と、三年生のジャッキー先輩の身長はほとんど同じだ。ひょろひょろの僕と違って部長はややがっちりしているが、それでもまさかびくともしないとは思わなかった。
「ごめん、ヤブ」
「部長!」
部長に手を振り払われて、僕は派手によろけた。放送宅に手をついてなんとかこらえる。
流れるような動作でジャッキー部長はデッキにCDを入れた。画面にLOADINGの文字が明滅する。
ジャッキー部長はパイプ椅子を引き寄せて座ると、静かな深呼吸をニ回。それは部長が僕たちに教えてくれた、緊張をほぐすための呼吸法。
僕とマリリンは目を見合わせる。
今ならまだ本気で体当たりでもすれば、部長を止められるだろうか。
けれどその気持ちは、ジャッキー部長の眼鏡の奥の湖面よりも静かな瞳を見た瞬間、どうしようもなく霧散してしまった。
ああ、だめだよ。マリリン。僕たちにはこの人を止められない。
「ジャッキー部長……」
部長を呼ぶマリリンの声は、まるで何かに祈っているみたいだった。
最初のコメントを投稿しよう!