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10.空飛ぶテントの謎
僕たちは必要な機材を求めて学校中を走り回った。
体育館倉庫。体育館放送室。その次は校舎4階の部室、二階の放送室。時々職員室。それらと運動場のテントを何往復したのかわからない。5往復目くらいまでは数えてみたけれど、最終的にはその3倍か4倍くらいは色々なものを運んだんじゃないだろうか。
しかもジャッキー部長がマリリンにいいところを見せたい僕を利用してガンガン重いものを僕に任せてくるから、すべての機材が揃ったころにはすでにくたくただった。
(ちなみに部長は僕よりは軽い物を運んでいたけれど、僕の1.5倍くらいは働いていたので、文句のつけようがない)
機材が揃ったら今度は音が出るかチェック。問題なく音が出るのを確認したら、すぐに今度は片付けだ。
「えー、今出したばっかりなのに。ねえジャッキー部長、どうせ明日も使うんだから、今日はこのまま帰っちゃだめですか?」
ミキサーの前に並んだパイプ椅子に座ったまま僕は隣に立つ部長を見上げる。
「だめに決まってるだろ。このまま出しっぱなしにして雨でも降ったらどうするんだ」
確かにこのテント、屋根はあってもサイドの防御力0だ。ちょっと強い雨が降ったらあっというまに機材に水がかかる。そして、当たり前だけど音響機器は水に弱い。
まあ、ダメだろうなと思っても、一応は言ってみるのが僕の信条だ。
「おいヤブ。お前わかってて言ってるだろ」
ちっ、バレたか。
ジャッキー部長は特大のため息をつく。
「安心しろ。全部元の場所に戻せなんて言わないから」
「え、ほんとですか!」
途端に少し元気が出て、僕は椅子から立ち上がった。
「現金なヤツ……まあいいや。機材と机は当日まで生徒会準備室に仮置きさせてもらうことになってるから、運ぶのはそこまででいい」
「やったあ!」
生徒会準備室は一階にあって、なんならここからでも見える距離だ。
「ジャッキー部長、テントはどうするんですか?」
CDデッキからディスクを取り出しながらマリリンが言った。
「テントはあとで足だけ畳む。ちなみにお盆休み前には一回全部ばらして片付けるからな」
「えー……」
「めんどくさいって言うなよヤブ」
部長に先回りをされてしまった。
「……正直俺もめんどくさいと思ってる。けど昔事故があったんだから仕方ない」
「事故って?」
控えめにマリリンがたずねる。
ジャッキー部長は意味もなく眼鏡を直すと、わざとらしく声をひそめる。
「テントが空を飛んだ」
「はい?!」
思わず声がひっくり返ってしまった。
「昔むかし……って言いたいところだけど、たぶん10年くらい前の話だ」
校内放送をかける時みたいな、無駄にいい声でジャッキー部長は話始める。
「その頃の放送部は、行事前に一度立てたテントは片付けの日まで足もたたまず、そのままにしていた。昼間はとても天気が良かったある日の夜、たぶん、台風並みの強風が吹いた」
「たぶん?」
僕は首をかしげる。
「実際に見た人がいるわけじゃないからな。……そして強い風が吹いて」
そこで部長は、意味深に言葉を切った。
僕とマリリンは二人そろって部長を見る。我ながら、大人に話の続きをせがむ小さな子供みたいだ。
部長は愉快そうに笑った。
「テントは風に舞い上がって空高く舞い上がった。お前ら、あっちの方にある鈴木さんちを知ってるか?」
ジャッキー部長は校庭の向こうの、住宅街の方を指さした。
「あのすごく大きな家ですか?」
マリリンがたずねる。
住宅街の端の、一番学校に近いところにある鈴木さんの家は立派な門と広い庭がある、まさに豪農という感じの家だ。今時木製の、筆で書いたであろう立派な表札が抜群の存在感を放っている。
「そうだ。その鈴木さんちの庭に、テントが落ちた」
「ちょっと待ってくださいよ部長。ここから鈴木さんの家って、いくら近いとは言ってもそれなりに離れてますよ?」
距離にすると100メートルほど。
もしテントが風で飛ばされたとしても、そんなに飛ぶだろうか?
「そこが不思議なところだ。何分夜遅くだったらしくて、誰も見た人がいないんだ。ただ事実だけを言うなら、夜のうちに校庭のテントは忽然と姿を消し、鈴木さんが目を覚ますと庭に多野高校って書いたテントが立っていた。誰かのいたずらかもしれないって話もあったけど、鈴木さんちは夜になるときっちり門を施錠していたらしい」
「なんか、推理小説の密室モノみたいですね」
マリリンが目を輝かせる。
彼女は自習が終わると、よく部室で本を読んでいる。もしかして推理小説も好きなのかな。
「まあ本当に空を飛んだのかどうかは証明しようがないが、鈴木さんの家にテントが移動して迷惑をかけたのは事実だからな。当時の放送部部長が校長先生と一緒に鈴木さんちに謝りに行ったそうだ」
「えー、それって放送部のせいですか? 本当に飛んでったのかもわからないのに」
僕が思わず声を上げると、ジャッキー部長が肩をすくめる。
「まあ生贄が必要だったんだろ。うちの学校が迷惑かけてごめんなさいって言うより、うちの生徒が迷惑をかけました。でも未来ある若者なんで許してくださいって言う方が説得力がある」
「ひどい」
マリリンがぽつりとつぶやく。
「まあ正直、俺もそう思う」
部長の一言でこれでこの話はおしまい、みたいな空気になったけれど、僕はどうしても聞いてみたいことがあって口を開いた。
「でもそんな事言ったってジャッキー部長、もし今おんなじことが起こって、校長が謝りに行くから来いって言ったら、部長一人で謝りに行くでしょ?」
部長は少し眉根を寄せて考えると、あっさりと言った。
「行く、な」
「ほら行くんじゃん」
部長はちょっとむっとした顔をする。
「なんだよ。別に放送部が悪くなくても俺が頭一つ下げたら収まるなら、安いもんだろ」
しごく当たり前みたいな顔をして部長がそんな事を言うから、なんとなく腹が立った。
「……そういうの良くないと思う」
「はあ? なんだよヤブ。今日はえらく絡むじゃないか。さっき重いものばかり持たせた腹いせか?」
「違いますってば! そういうことじゃなくて……もし今度放送部が生贄にされそうになったら、その時はジャッキー部長だけじゃなくて僕らも一緒に行きます」
勢いで僕らって言っちゃったけど、マリリンがどう思っているかはわからない。不安になって、隣を見るとマリリンが僕を見て小さくうなずいた。
「そうですよ。その時は三人で謝りに行きましょうよ部長。昔みたいに10人とか20いてみんなで押しかけたら迷惑かもしれないけど、私たちは三人だけだし。それくらいならいいんじゃないかな。部長一人を生贄に差し出すのは申し訳ないので、みんなで生贄になりましょう」
みんなで生贄っていうパワーワードが気になって思わず肩の力が抜けてしまった。それはジャッキー部長も同じみたいだ。
「お前らは……まったく。でもまあ、そうやって生贄にならなくても済むようにテントの足はたたんで帰るからな」
僕とマリリンは声を合わせて返事をする。
それから僕らは機材と机を生徒会準備室まで運んだ。照れ屋な部長は、普段と変わらない様子を装いながらもいつもの二倍くらいのペースで片付けをしていた。
もしかして、これからも何かの準備や片付けがある度にこうやって部長を褒めたりおだてたりしたら、めっちゃ作業がはかどったりしないかな。って、無理か。
その日、オギーに出してもらった冷えた麦茶と冷たいエンゼルパイ(冷蔵庫に入っていたらしい)は僕が人生の中で食べた食べ物の中で、トップ5に入るおいしさだった。
そして僕たちはおやつが終わるとオギーに手伝ってもらって一緒にテントの足を畳んだ。
僕たちの誰も生贄にならなくても済むように。
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