13.体育館リハーサル

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13.体育館リハーサル

 毎日ばたばたと多野高祭の準備に明け暮れているうちにお盆休みも終わって、気づけば夏休みは終盤に差し掛かっていた。  舞台上での練習にも熱が入り、ただの練習というよりは各組リハーサルの様相を呈してくる。  体育館での練習もグランドと同じ一チーム30分だ。本当は撤収まで含めての30分なのだけれど、そこはギリギリまでやりくなるのが人情というもので、どうしても練習時間は押しがちだった。最初は5分のずれでも、それが積み重なれば10分20分とずれていく。その度に僕らは、体育館の入り口に貼った予定表に赤ペンで時間を訂正した。舞台発表のチームは随時それを見て、各自自分たちの時間の5分前には体育館の入り口に集合する決まりだった。    体育館二階の放送室から本日4組目の演劇部の練習を見下ろしながら、ジャッキー部長は言う。 「ヤブ、演劇部にあと5分って言ってきて。それから入り口のスケジュールの修正。15分押しで、5組目のバンドは3時15分から」 「了解!」  僕はふざけた敬礼を一つして、階段を駆け下りた。  舞台上では輝夜姫と白雪姫とシンデレラが熱い女の戦いを繰り広げている。今回の台本は演劇部のオリジナル作品らしいんだけど、いつも準備で走り回っている僕は一度も頭から通して見たことがない。これ、一体どんなお話なんだろ? 「あと5分でーす。そろそろ片ぢゅけをお願いしまーす」  噛んだ。  舞台上の姫たちからばらばらと返事が返ってくる。  いいんだもう、噛んでも。いくら噛んでも、相手が理解してくれればそれでいい。わかってもらえなかったら、今度は噛まないようにもう一回言えばいい。一回でだめなら二回でも、三回でも。  なんたって僕はカミカミ小藪だ。  それでも一応次は噛まないように、小さな声で片付け、片付けと繰り返す。舞台の幕の後ろ側を通って、反対側に抜けた。  舞台の上手かみて側 (客席から見て右手)の入り口に立ってるマリリンに声をかける。 「今15分押しだって。5組目は3時15分から」 「うん。わかった」  マリリンは腕の時計を見て、小さくうなずく。 「バンドメン来た?」  マリリンは黙って首を横に振る。  次の5組目は有志のバンド演奏だ。このバンドメンたちが放送部的にはなかなかの問題児で、時間を守らないわ、態度はでかいわ、演奏中にミラーボールを回せスモークをたけ(そもそも学校にそんな設備はない)間奏中にボーカルをピンスポットライトで追いかけろ(あるにはあるけど、舞台発表では使用禁止だ)等々無茶ぶりのオンパレードだった。 「もしかしたら他のチームの人に遅れてるのを聞いてるのかもしれないし」 「んー、にしてももう押してる方の時間で5分前だけど」  なんだか嫌な予感しかしない。  僕は入り口の扉に貼ってあるホワイトボードの『ただ今10分遅れ』を15分に書き直して、予定表の時間を赤字で修正した。 「ねえマリリン。変わろっか? 担当」  今日の担当は部長が放送室、僕がマイクの出し入れとかの雑用で、マリリンが練習の受付と人の誘導だ。  いっそ来なければいいけど、もしバンドメンたちが遅れて来てしまったら受付で揉めるのは必至な気がする。 「ありがとう。でも大丈夫」 「ほんとに?」 「大丈夫だって。もし手に負えなくなったら、その時はよろしくね」  にっこりと僕を見るマリリンのかわいらしさにやられて、僕は思わず背筋を伸ばす。 「もちろんでありますマリリン様!」  本日二度目の敬礼をした僕に、マリリンは小さく笑った。  不意に背中に視線を感じて振り返ると、体育館放送室のジャッキー部長とばっちり目が合った。 「やべっ」  部長はにっこり笑って、人のいなくなった舞台上に残されたマイクを指さす。  絶対これ、サボってると思われてる。  突然焦りだした僕を見て、マリリンが不思議そうな顔をする。 「どうしたの?」 「放送室で部長が怒ってる」  マリリンは放送室の方を見上げて目を細める。 そういえば前にマリリンはコンタクトだって聞いた気がする。 「……よく見えるね」 「僕視力2.0だから」 「え、なにそれすごい」  純粋な驚きのまなざしを向けられると、少し照れる。 「いやー、それほどでも」  しかしコンタクトってことは、寝る前とかは眼鏡かけたりするのかな。見てみたいなあ、マリリンの眼鏡姿。  思考は完全に明後日の方向にそれ始める。それを断ち切るように、ピンポンパンポーンと軽やかな音がした。 『放送部員に連絡します。放送部員のみなさんは至急各自持ち場に戻って作業してください。繰り返します。放送部の皆さんは……』  スピーカーから聞こえてくるええ声は、言うまでもなくジャッキー部長のものだ。館内放送で注意されてしまった。 「じゃあまたあとで!」  マリリンに手を振って、僕は慌ててマイクの回収に向かった。 「早かったな」  僕を見て微笑むジャッキー部長だけど、目がまったく笑っていない。  こう言う時は先に謝るにかぎる。 「すいませんでした」  部長は大きなため息をつく。 「まったく、サボるなよ。やることはたくさんあるんだからな。まずはそこのラインを巻くとか」  言われた通り僕は、床の上にとりあえずで置かれたラインをくるくると輪にしていく。こうやって同じくらい大きさにゆるく巻いたラインはほどけないように端をビニールひもで結んでスタンドに掛けておく。きつく曲げたり、ケーブル自体を結ぶなんて言語道断だ。中の線が切れてすぐに使えなくになってしまう。 「ところで次のチームは?」 「まだみたいです。またサボりですかね?」 「この時期にサボりってのはあんまり考えられないけど、あいつらだからなあ」  部長は棚にマイクを戻しながらぼやく。 「部長、あのバンドメンたち、知り合いなんですか?」  確かあのバンドは三年生のチームだったはずだ。 「知り合いっていうか、あのボーカルのでかい奴は一年生の時同じクラスだったな。まあ、そんなに話したことがあるわけじゃないけど」 「どんな人?」  ラインを巻きながら僕はたずねる。 「えー、イメージだけでいいか。本当にちゃんと話したことがあるわけじゃないからな。もしかしたら話せばすごくいい奴かもしれない。けど、まあ率直な印象は柄が悪くて、人の話を聞かない単純バカ」  僕は思い切り顔をしかめる。 「最悪じゃないっすか」 「あくまで印象な。とはいえ、ほかの奴らも打ち合わせの時の俺たち放送部に対する態度を見ると、あんまり期待はできそうにないなあ」  なんだか無意味に偉そうで、お前ら大物アーティストにでもなったつもりかよ! 状態だった。でも残念ながらバンドメンたちはただの田舎の高校生だし、僕らもプロの音響さんや照明さんではなくただの放送部員だ。そもそも僕らに過度な期待をする方が間違っている。 「ヤブ、悪いけどちょっと部室まで行って予備のマイクスタンド取ってきてくれる?」 「卓上? それともでっかい方?」 「でかい方。この次のアカペラグループで使うやつ、一つちょっとガタついてたから」 「了解です」   タイミングよく、ちょうど最後の一本を巻き終わってスタンドに掛けたところだ。  僕はさっそく立ち上がって、体育館放送室を後にした。
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