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16.ヤブの気持ち
「部長、これどうします?」
僕は例の重量級マイクスタンドを抱えて舞台の下にいる部長に尋ねる。
結局あの後バンドメンたちが戻ってくることはなく、本日の放送部の業務はこの片付けをもって無事に終了する予定だ。
「二階の放送室まで上げてもいいけど、怪我してもアレだし。とりあえずピアノの後ろの邪魔にならないとこに置いとくか」
「はい」
マリリンは先程、部長に生徒会室まで本日のリハーサル終了の連絡を入れるという重大任務を任されて出て行った。今体育館にいるのは部長と僕の2人だけだ。
今日は曇りだったから、窓から差し込む光はまだ5時だというのが信じられないくらいに薄暗い。
「なあヤブ。さっきは悪かったな」
ぽつりとジャッキー部長が言った。
「え、何がです?」
「さっきマリリンがあのバンドのヤツらに絡まれた時、お前マリリンのこと助けようとしてただろ」
「……気づいてたんですか」
舞台の下にあるマイクの差し込み口のフタを閉めて、部長はひらりと舞台の上に飛び乗った。
「ちょうど見えてたからな。でも、アイツらみたいなやつらは相手を見てケンカ売るから、何かあったらまずいと思って割り込ませてもらった」
部長は僕の足元に視線を落とす。
うちの学校の体育館シューズは、学年ごとにつま先の色が違う親切仕様だ。僕ら一年生は緑。部長たち三年生は青といった具合に。
「アイツら、さすがに女子のマリリンには手を出さなかったけど、相手が一年男子だってわかったら何するかわかんないと思ってさ」
この人、あの短い間にそこまで考えてくれてたのか。
「じゃあ僕が殴られずにすんだのは部長のおかげってことですね」
「いや、でもまあ可能性の問題であって、もしかしたら何もなかったかもしれないし……」
なんとなく歯切れが悪い。
僕は部長の意図を測りかねて、首をひねる。
「だってヤブ、お前マリリンにいいとこ見せたかっただろ?」
「しょ、しょんなことないっすよ!」
部長が急に変なことを言うから、思いっきり噛んでしまった。
「お前、相変わらずだな」
「何がです?」
表情を引き締めて努めて平然を装ってみるけれど、上手くいっていないのは半笑いの部長の顔を見れば明らかだ。
「マリリンのこと好きなんだろ?」
突然何を言い出すんだこの人は。
「すっ、好きとかそんなんじゃなくて。ただぼっ、僕は可愛いなあって思ってるだけで……そんなんじゃないです。本当に、そんなんじゃ……」
だんだんと声は小さくなって、消えた。
僕とマリリンはたった二人しかいない放送部の一年生で、だからもう少し仲良くなりたいとか、もうちょっと頼りにしてほしいとかそんな感じで、単純に好きとか嫌いとか、恋愛感情的なやつかと聞かれると、正直自分でもまだよくわからない。
「ふーん?」
「なんですか?」
じろりと部長をにらんでも、部長は飄々と笑うだけだ。
「ま、お前が言うならそういうことにしておこうか。ほい」
ジャッキー部長は制服のポケットから何かを取り出すと、僕の方に放り投げた。
「うわっ、なんですか、って財布?」
ぎりぎりでキャッチしたそれは、革製の小銭入れのようだ。
「今日は大変だったからな。先輩がかわいい後輩たちにジュースをおごってやろう」
「やった!」
僕はこれ幸いとテンションを上げて叫ぶ。話を逸らす絶好のチャンスだ。
「その代わりヤブお前買ってきてくれる? 3人分」
「お安い御用です!」
なぜかうちの高校の校内には自動販売機がない。学校がある日は昼の休憩時間だけ開く売店でも買えるが、夏休み中は無理だ。つまり僕らが今から飲み物を入手しようとすれば、学校から出て最寄りの自動販売機まで歩いていかなければならない。
ちなみに一番近い自動販売機は校門から徒歩5分ほどのところにある。
「部長はコーヒーでいいですか?」
「うん。微糖でよろしく」
「了解っす。マリリンは、レモンティーかな」
僕らは部活中によくジャンケンで負けた人が飲み物を買いに行くゲームをしている。その時もマリリンはよくレモンティーを飲んでいるのだ。
部長はまた例のにやにや顔で僕を見る。
「詳しいな」
「そんなことないですー。普通ですー」
部長は小さく笑って財布を指差す。
「それ、本当は札で渡して釣りはとっとけ! とか格好つけて言いたいところだけど、その中身が今月の全財産なんだ。落とすなよ」
「わかりました」
「俺はこのまま放送室と体育館を施錠して行くから、部室に集合な。マリリンにもそう伝えてあるから」
さすが部長だ。万事ぬかりない。
「はい、行ってきまーす」
「よろしくー」
軽く手を挙げて放送室に上がっていく部長を見送って、僕はジュースに向かって走り出した。
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