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3.朝礼
毎週月曜日にある朝礼の準備は面倒だけれど、やることだけやってしまえば、その後は案外快適だ。
朝、みんなより15分くらい早く体育館に集まって、舞台上の照明を全部つける。あとはマイクを二本準備して、音声チェック。
ここからが僕らがジャッキー部長に教わった中でも、たぶんかなり大事なこと。
いいかい諸君、決してマイクは叩いてはいけない。マイクテストは必ず声でしてほしい。
マイクは精密機器だ。パソコンのチェックだと言って画面を叩く人はいないのに、なぜに世の中の人たちはこうもマイクを叩くのか。
そもそもマイクは小さな音を拾って、スピーカーなんかで大きく増幅するための装置で、無線有線にかかわらずマイクの先にはスピーカーとかミキサーとか様々な機械につながっている。マイクを叩くと、その衝撃が予定外の電気信号となって伝わり、それらの高額な機器類がすべからく故障の危険性にさらされるのだ。
ちなみに体育館放送室にあった放送宅(放送室においてあるマイクとかいろんな機械がついているデスクみたいなやつ。うちの学校の場合、この機械を通してスピーカー等に接続していた)のお値段は40万円だってさ。その他の機器もピンキリだけれど、確実に数万から数十万の代物だ。そいつらが毎度故障の危機にさらされるのは、正直見ていてあまり気分がいいものではない。いくらそれらが僕の私物ではなく、学校の備品だとしても。
大事なことなのでもう一回言う。マイクチェックは必ず声ですること。言っておくけどカラオケ屋のマイクだって同じだからな。
内容はなんでもいい。あーあーマイクのテスト中でも、本日は晴天なりでも、なんなら好きな子の名前を叫んでも(もちろん音割れしない程度の声量で)いい。ただし放送室にジャッキー部長がいればある程度までならいい感じに調整してくれるはずだ。
いけない。完全に話がそれてしまった。
音声チェックが終わると僕たちは体育館のステージの二階にある体育館放送室でのんびりと過ごす。一応の建前はマイクの音量調整とかのオペレーションのため、実際のところは休み明けのけだるい朝を、先生たちのいない僕らだけの特等席でまったりするため。
朝礼の間、体育館放送室にいるのは僕たち放送部員3人だけだ。ドアは解放しているから大きな声では話せないが、ひそひそ話くらいは可能なのだ。
その時、僕らは教頭先生の連絡事項を聞き流しながら、持ち込んだノートにお絵描きしりとりをしながら暇をつぶしていた。
「あーあ、校長の話、今日は何分かなー」
シャープペンシルでノートにニワトリを描く。
当時の校長の話はとても長かった。それも実のある話ならいいのだが、途中で同じ部分を何度もループしたりする。単に物事をまとめて話すのが下手なのかもしれない。そのくせ話す事自体は好きなようで、僕たちは毎週その不毛なスピーチの聴衆になるしか道はなかった。
「15分で終わるといいよね」
マリリンは僕のニワトリの隣にリンゴを描いた。
「無理じゃないか。この前25分だった」
ジャッキー部長はリンゴの横に謎の黒い点を描く。
マリリンが首をかしげる。
「ジャッキー部長、これ何ですか?」
部長は立ち上がって、ミキサーの横に立った。話す人が変わる度にちゃんとマイクの音量調整するのが、ジャッキー部長のこだわりだ。
「ゴマ」
「ごみじゃなくて?」
正直な感想を言うと、黙ったままのジャッキー部長に蹴飛ばされた。
「暴力反対!」
「静かにしろ。またオギーに叱られるぞ」
体育館放送室の扉は開放されているため、外の音が聞こえる代わりに、あまり大きい声を出すと外に筒抜けになる。
先週オギーが息を切らしながら階段を駆け上がってきたのはまだ記憶に新しい。敬愛する顧問をこれ以上痛めつける訳にはいかない。僕は慌ててお口にチャックのジェスチャーをする。
校長が中央のマイクの前に立つ。今日は壇上にあるマイクスタンドに無線マイクが立ててある。先週有線のマイクにしたら、コードが邪魔だと校長に文句を言われたからだ。スタンドに立てたまま話せばいいのに、なぜかあのおっさんはマイクを手に持ちたがる。だったらわざわざステージ中央に設置した壇上じゃなくて、教頭と同じようにステージ脇でしゃべってほしい。
ジャッキー部長がミキサーを操作して、無線マイクの音が出るようにする。
『み、さん……おは…』
校長の声が不自然に音が途切れた。
おかしい。さっきのマイクチェックでは何ともなかったのに。
「やっぱりな」
渋い顔でジャッキー部長がつぶやく。
「どうしました?」
聞き返したマリリンに、部長はため息を一つ。
「最近時々調子悪くなるんだ。あの無線。さっき教頭先生にも伝えただけど、それでもいいからって」
「どうせ校長に言うのがめんどくさかったんでしょ」
僕が冷めた目で舞台の上を見下ろすと、スピーカーからごんごんというなんとも不快な雑音が聞こえてきた。
「あー! あのおっさんマイク叩いた!」
それも何度も何度も、まるでマイクが親の仇だとでもいうような執拗さだ。
部長は慌ててミキサーのボリュームを下げる。
決してマイクを叩いてはいけない。それは入部まもない僕たち一年生が、ジャッキー部長から口を酸っぱくして言われたことである。
「毎回オギーに先生たちにマイクを叩かないように周知してもらってるんだけどなー」
嘆きながらも部長は収納棚から予備の無線マイクを取り出してスイッチを入れた。
「あー、あー、マリリンそっち光ってる?」
ミキサーで無線マイク2の音量を下げているから、部長のマイクから音はしないけれど、ちゃんと受信していればミキサーのランプが光るはずだ。
「光ってるけど、時々とぎれます」
「ってことはマイクじゃなくて、問題は受信機の方かな。まあいいや。ちょっと行ってくる」
部長は棚から今度は有線のマイクを取り出すと、放送室の入り口にかかっている一番長いライン(音声用ケーブル)を肩にかけて階段を下りて行く。
颯爽と去っていく部長を、僕たちは黙って見送ることしかできなかった。
マリリンがぽつりとつぶやく。
「行っちゃったね」
「別にほっとけばいいんだよ。すぐ向こうにマイク持った教頭がいるんだからさ」
「でもあのライン短いやつだから、ステージの真ん中までは届かないよ」
舞台袖にいる教頭はあわあわしているだけで、これと言って行動を起こす気はないようだ。
「別に舞台袖でしゃべればいいじゃん」
「まあそうだけど」
ちなみに教頭先生も今日一度マイクを叩いているので、僕たちの好感度は低い。
ジャッキー部長のことが気になって、二人とも立ち上がって舞台上を見守った。
舞台袖から現れた部長は、舞台中央の差込口にケーブルを差し込むと、校長先生から無線マイクを受け取り、有線マイクをスタンドにセットした。スイッチを入れて、僕らの方に手を振る。
「音、上げるね」
ミキサー側に立っていたマリリンが、舞台中央のマイクのボリュームを上げる。
『あ、あ』
スピーカー越しに控えめなジャッキー部長の声が聞こえた。
それは舞台上の人々にも聞こえたようで、部長は校長に一礼してこちらに戻ってくる。
とりあえずなんとかなりそうだと思ったのもつかの間、舞台中央のマイクは校長の余計な一言を僕らに余すことなく伝えた。
『……まったく、遅いじゃないか』
おいちょっと待て、あのおっさん今遅いって言ったか?
思わず顔を見合わせた僕とマリリンの元に、苦笑いのジャッキー部長が戻ってきた。
「ちょっと部長、あのおっさん部長がせっかくマイク持って行ってやったのに、遅いとかいいやがりましたよ」
「ああ、言ったな」
調子の悪かった無線マイクを片付けながら、ジャッキー部長は言う。
「腹立つからマイクの音量下げません?」
「そしたらきっとまたマイク叩くぞ」
思わず言葉に詰まった。
「それは嫌です」
マイクを人質(物質?)に取られたら弱い僕とは違って、マリリンはもう少し過激派だった。
「部長、舞台上の照明全部落としてもいいですか?」
「やめとけ。めんどくさいことになるし、それやっちゃうと、たぶん来週から朝礼中ここでのんびりできなくなる」
マリリンも言葉に詰まった。大きな目を見開いて、そっとうつむく。
「……だって、ジャッキー部長ヒーローみたいだったのに」
ぽつりともらした言葉には僕は大きくうなずく。
ジャッキー部長は一瞬ぽかんとしたあと、照れたようにがりがりと頭をかいた。
「……ありがとな」
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