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4.部室
僕たち放送部には居場所が3つある。
一つめは先ほどから何度も登場している体育館放送室。朝礼とか体育館で何か行事ある時はだいたい僕らはここにいる。
二つめは放送室。昼放送をかける時に使う。ただしここは職員室に隣接しているため、のんびりするには不向きだ。
そして三つめが校舎4階にある視聴覚準備室。僕ら放送部の部室である。
視聴覚準備室は視聴覚室のとなりにあるウナギの寝床状の細長い部屋だ。そこには机と映像や音声編集用の古い機材が隙間なく並び、僕たちはその機材をどけてそこで昼食を食べたり宿題をしたりする。
決して広くはないが、何と言っても僕らは3人だけなので、これで十分なのである。
しかし僕らのころはたった3人だった放送部だけど、かつては部員数20人超えの大所帯だった時代もあるらしい。あの部室に20人も詰め込まれるところは想像がつかない。
その日僕が部室に行くと、マリリンが一人で英語のノートを広げていた。
「あれジャッキー部長は?」
「今日は部長会だって昨日帰りに言ってたじゃん」
「……そういえばそんな気もする」
マリリンは呆れたようにノートから顔を上げた。
「さすがヤブくん」
「褒めてる?」
「褒めてない」
なんだか最近マリリンの僕を見る目が、出来の悪い弟を見るような目になっている気がするのは気のせいだろうか。
マリリンのあわれみの視線を振り払うように僕は口を開く。
「発声練習、部長が戻ってきてからでいいよね」
「いいと思う」
あの公開羞恥プレイもとい発声練習にはだいぶ慣れてきた僕たちだけど、未だジャッキー部長がいないと少し心細い。
なんとなく女子のすぐ隣に座るのに気が引けて、僕はスマホを片手に視聴覚室との境目にある3段ほどの階段に座った。
「部長会って何してるんだろ」
「なんか生徒会室で部費とか予算の話するって言ってたよ」
「へー」
うちの部、ちゃんと部費とかもらえてんのかな。なんてったって部員数3人の、本来ならとっくに同好会に格下げになっているような弱小部だ。
さあて、どうやて時間を潰そうかとスマホのロック解除したところで部室のドアが開いた。
「おっすー」
勢いよく開いたドアの向こうは今にも鼻歌でも歌いそうな風情のジャッキー部長がいる。基本的にメガネの奥の目はいつも笑ってるみたいな人だけど、今日はいつも以上にテンションが高いぞ。
「お疲れ様です。早かったですね。もう終わったんですか? 部長会」
「終わった終わった。ばっちり」
マリリンに向けてジャッキー部長は親指を立ててみせる。
「部長。うちの部って、ちゃんとお金あるんですか?」
「ちょっとヤブくん、そんな聞き方」
咎められたのは聞き方だけだったので、もしかしたらマリリンも同じ気持ちだったのかもしれない。
「君たちはなにか勘違いしているみたいだけど、うちの部はまあまあの予算をもらってる」
信じられなくて、僕はテンションが低いまま聞き返した。
「部員3人なのに?」
「部員3人でも。なんてったってうちの部費は文化部の中では吹奏楽部に継ぐ二番目だ」
うちの学校の吹奏楽部は40人以上の部員を抱える大所帯だ。強豪というほどではないけど、県大会だといつもまあまあいいところまでいくくらいの強さ。
「じゃあ茶華道部よりも多いってことですか?」
茶華道部も僕らよりもずっと部員は多い。新入生歓迎会では浴衣姿の女子の先輩たちがずらりと並んだ様はなかなか壮観だった。
「うむ。その通り。ちなみに今年は部のパソコンを買おうと思っている」
「「おお」」
僕とマリリンは声がそろった。
今部室においてあるパソコンはジャッキー部長の私物で、先輩が卒業したら僕たちは録音機能のないCDデッキと、もはや過去の遺産みたいなMD(って知ってる? ミニディスクの略で、5センチくらいのプラスチックケースにはいったちっちゃいCDみたいなやつ。僕も放送部に入って初めて見た)デッキのみで音声の編集をしなくちゃいけなくなるところだった。
「ちなみに年度末に部費が余ったら電気ポットを買い替える予定だ」
「やった!」
僕は思わずガッツポーズする。
部室にある電気ポットはどうにも調子が悪く、水を入れてから沸くまでに30分以上かかるポンコツだ。
「でも部長、どうしてですか? 私たち3人しかいないのに」
「いつも学校行事の手伝いで忙しい我々への正当な労働への対価だ! って言いたいところだけど、うちの部の部費って特殊で、一部は学校の放送関係の備品代から出てるんだ。それでもさっきの部長会で、純粋な部費部分は人数に合わせて減らすべきだって話が出た」
「それでそれで?」
待ちきれずに僕は続きを促す。
「もちろん却下してやったさ」
「却下?」
マリリンが小さく首をかしげる。
「うん。そっちがそういう考えなら今後我々放送部は一切の校内放送業務から手を引いてやるって言ってきた」
「部長かっこいい!」
「まあな」
キメッキメの笑顔で親指をたてるジャッキー部長に拍手を送る。
そんな僕ら男子を尻目にマリリンは冷静だった。
「でも実際そんなことできるんでしょうか?」
部長は唸りながら腕を組んだ。
「うーん。できるかできないかと言えば、たぶんできる。俺たちはあくまで一部活動だから、そこまでの義務はないさ。実際3人しかいないわけだし、文化祭の日にたまたま全員がインフルエンザで倒れることだってあるかもしれない」
「確かに」
僕はうなずいた。
「俺たち全員の家族から文化祭当日に欠席連絡があったら? さすがにそれでも出てこいって言われたりはしないだろ。でも、」
「でも?」
「そんなことになったら間違いなく文化祭は滅茶苦茶になるだろうし。正直あんまりやりたくないよな。ぶっちゃけただ働きだし、しんどい事や腹の立つことの方が多いし、生徒会と違って内申点がプラスになる訳でもないけど……でも俺、放送部の仕事はそんなに嫌いじゃないんだ。なんかそんなに目立つわけじゃない、裏方だけど。だからこそみんなの思い出を裏で支えてる、みたいな気がするんだよね。あんまり上手く言えないけど」
そう言って部長は眼鏡のレンズの奥の瞳を細めた。
「かーっこいいー!」
思わずこぼれたつぶやきは、まごうことなく僕の本心だったけど、どうやら部長はからかわれたと思ったらしい。じろりとにらまれた。いや、もしかしたら照れているのかも?
「……うるさい。あー、だからヤブも、マリリンも体には気を付けろよ。なんてったって俺たちは3人しかいないんだ。代わりはいないんだからな」
「はーい」
「わかりました」
僕ら一年生のよいこのお返事に、ジャッキー部長は腰に手をあてて言う。
「よし、じゃあこれから発声練習行くぞ」
いつもより気合の入った号令は、きっと部長なりの照れ隠しだ。
「了解っす!」
「ヤブ、その前に続けて言ってみろ。ぱらぴりぷるぺれぽろ。はい」
この呪いの呪文みたいなのも活舌の練習の一つで、僕の最も苦手なものの一つだ。
「ぱりゃぴいぷるぺれぽりょ!」
僕の素敵な出来栄えにマリリンが盛大に噴出したのが見えた。
「ひどすぎる! 体育館裏で今の30回」
「えー」
「じゃあ40回にするか」
「30回でいいです」
「じゃあ35回」
「結局増えてるじゃないっすか!」
そんな馬鹿話をしながら、僕ら3人はいつもの発声練習の場所。体育館裏へと向かった。
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