7.テスト結果

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7.テスト結果

 僕は部室の機材だらけの机の前に座って、ふうっと大きく息をついた。  二週間ちょっとぶりに訪れた部室は、ほんの少しホコリとプラスチックの混じったような、なんともいえない部室、、のにおいがして、とても落ち着く。まだこの部屋に来るようになってそれほど経っていないのに、不思議な感じだ。  リュックからテスト結果の書かれたA4半分の紙を取り出して眺める。総合で一年生200人中163位というのは決して良くはないが、とりあえず赤点は回避できたのでよしとしよう。 「失礼します」 「あ、マリリン」  ドアを開けて部室に入ってきたマリリンは僕を見てかすかに微笑んだ。 「ヤブくん早かったね」  マリリンと僕はクラスが違うので、部活がないとほぼ顔を合わせることがない。ニ週間ぶりに見るマリリンはいつもの3割増しで可愛らしく見える。けれどそれをそのまま口に出せるほど僕はチャラくないのだ。 「いやー、早く部活がしたくてさ」 「そんなにやる気にあふれてるんなら、先に一人で発声練習行ってくる?」 「一人は嫌だなあ」  あの羞恥プレイもとい発声練習も人間慣れれば慣れるもので、僕たちはジャッキー部長がいなくても二人だけで発声練習に行けるようになっていた。でもそれはあくまでマリリンと一緒だからであり、一人で行くのはまだ無理だ。このまま放送部に居続ければ、いつか一人でもいけるようになるんだろうか。 「あ、テスト結果帰ってきたんだ」 「マリリンのクラスは?」 「さっきもらった」  手に明日の予習一式を持ったマリリンはごく自然に僕の隣の椅子に座った。 「じゃーん、赤点は無事回避しました!」  小さな紙をマリリンに掲げて見せる。 「え、見ていいの?」 「別にいいよ」  マリリンはざっと僕のテスト結果に目を通すと一瞬ですんっと真顔に戻った。 「なんとも言えない」  まあ確かに我ながらなんとも言えない点数だ。国語68点。数学70点。英語42点。世界史80点以下省略。 「マリリンはどうだった?」 「見せないよ?」 「いいよ別に。でも絶対僕よりはいいでしょマリリン先生」 「まあね」 「そりゃそうだよ。マリリンいつも部室でもちゃんと勉強してるもんな。ちなみに僕の順位の何文の一?」  最後の一言は完全に蛇足というか悪ノリだったのだが、律儀な彼女はちゃんと答えてくれた。 「え、四分の一、くらい?」  つまり200人中40番くらい。 「え、マリリン超頭良いじゃん!」 「そんなことないよ。普通だよ」  さっきまで赤点がなかったことだけを喜んでいた自分が少し悲しくなるけれど、深くは考えないことにする。 「普通じゃないです。僕みたいな下々の者とは一味違うエリート、マリリン様。今まで無礼な口を聞いてしまったことをお許しくださいませ」  立ち上がって深く腰を折るおじぎをする。 「ちょ、ちょっとヤブくん?」 「これからはマリリン様もしくはマリリン大先生と呼ばせてくだせえ」  僕のアホな小芝居を遮るように勢いよくドアが開いた。 「よお、お前ら。テストはどうだった……って、え、何これどういう状況?」 「ジャッキー部長……」  助けを求めるようにマリリンが部長を呼ぶ。  部長はちょっと困ったように頭をかいて、それからじっと諭すような目で僕を見た。 「ヤブ」 「部長待って! なんか変な誤解してません? 別に僕がマリリンになんかした訳じゃなくて……ってか部長、逆にこれ今どういう状況だと思ってるの?!」 「え? ヤブがマリリンに交際を迫ったところマリリンに振られて、それでも食い下がってる現場?」  弾かれたように僕は叫ぶ。 「違います!」 「え、違うの?」  ジャッキー部長は僕ではなくマリリンに尋ねる。 「あ、違います。ヤブくんの悪ふざけがめんどくさくて困ってただけです」 「あーなんだいつものやつか」  ちょっと部長それで納得しないで。 「ヤブ、マリリンを困らせるなよ」 「困らせるつもりはなかったです。ごめんなさい」  僕は今度は小芝居ではなく本気でマリリンに頭を下げた。 「別にいいよ。でもあんまりリアクションに困るやつはやめてほしい。切って捨ててよければ、そうするけど」  え、切り捨てられちゃうの? こんな小柄で可愛らしい女の子に? 「マリリン、ほどほどにな。ヤブがなんか変な性癖に目覚めたら困る」 「え、それはちょっと……」  つぶやいたマリリンが、本当に虫か何かをみるようなドン引きの目だったので、僕は本気で態度を改めることを誓った。 「すみませんでした」  もう一度丁寧なおじぎをすると、僕の誠意が通じたのかマリリンは少し笑ってくれる。 「ところでヤブ、ここにいるってことは赤点は免れたんだな」 「はい! 英語はちょっと危なかったけど」 「ちょっと?」  部長のメガネが光った気がしたのは、たぶん僕の気のせいだ。 「42点でした。ちなみに平均点は80点」  うちの高校では平均点の半分が赤点となる。 「ほんとにギリギリだな」 「ギリギリでもセーフはセーフです。ところで部長は? 部長はどうだったんですテスト」 「俺? 俺はまあいつも通りというか、ほどほどだったな」 「ほどほどって?」 「ほどほどはほどほどだ」  長くなりそうな僕らの不毛なやり取りを横目に、マリリンは机の上に教科書を広げる。 「って言ってる部長のポケットに、見たことある感じの紙を発見!」  僕は素早く部長に走り寄ると、制服のポケットに押し込まれていた紙片を奪取することに成功した。動き出してから、もし違ったらどうしようとちょっとだけ不安になったけれど、広げてみればそれはまごうことなき部長のテスト結果の紙だった。 「おいこらヤブ、悪ふざけが過ぎるぞ」  すぐにごめんなさいをして返すつもりでいたのに、僕の目は総合順位の欄で釘付けになる。  2位だ。20位でも22位でもなく、そこにある数字は一つだけ。 「ええっ、学年2位?! ジャッキー部長こそめちゃめちゃエリートじゃないっすか!」  僕の叫び声にマリリンも顔を上げた。  すぐ近くで怒鳴ったのがうるさかったのか、部長は眉根を寄せて頭を押さえる。 「誰がエリートだ。よく見ろ。学年2位っていっても、それは文系私立コースの中での話だ」  あ、ほんとだ。確かに順位の上に私立文系コースって書いてある。人数も/56人だ。 「いや、56人中2番って十分すごいじゃないっすか」 「そうでもない。いいか、頭のいい奴らはだいたい国公立コースに行くんだ。実際俺も去年の最高順位は文系102人中25位だった。それが、2位だ。つまり俺より頭のいい奴はだいたい国公立コース」  空港で働きたい部長が目指しているのは、僕も名前を聞いたことのある東京の外国語に強い有名私立大学だ。留学のプログラムが豊富だとか、カリキュラムが面白そうだとか、航空業界にの就職にもそこそこ強いとか、部長のおかげで僕も少し詳しくなった。まあ最も英語嫌いの僕にとっては話のタネ以外の何物でもないのだけれど。 「いやいやそんなご謙遜を。英語なんか98点ですよ。僕生まれてこのかた英語でこんな点数を取ったことがないです」 「お前と一緒にすんな。ほら、いいかげん返せ」  部長は僕の手からテスト結果の紙を奪い取ると、ごつんと僕の頭にゲンコツを落とした。 「いたい!」 「自業自得だ。今のはさすがにデリカシーがなさすぎる」  僕ははっとして、それから肩を落とした。確かに部長の言う通りだ。人のテスト結果を勝手に見て騒ぐなんて、どう考えても調子に乗りすぎた。  目を合わせるのが申し訳なくて、うつむいたまま謝る。 「すみませんでした」  部長はメガネを直して、大きなため息をついた。 「そこで素直に反省するのはヤブのいいところでもあるけど、そうなる前に自分で気づいて止まれバカ」 「……はい」  もうそれ以上言える言葉もなく、僕はただ灰色に変色した部室の床を見つめる。  部長は僕から視線を外すとマリリンを見た。つられて僕もほんの少し視線を上げる。 「マリリン」 「はい」 「これからさ、ヤブが調子に乗って暴走しそうな時は止めてくれる? もちろん出来る時だけでいいから」  マリリンは少し何かを考えるような顔をして、それからにこりと笑った。 「切って捨てていいなら」 「おう、どんどん切り捨てていいぞ」  さっきと真逆のことを言って部長は僕の肩を叩いた。 「な、ヤブ」 「お、お手やわらかにお願いしたいです」  マリリンは何も言わずに、僕の顔を見てふふんと笑った。その顔にはいつもの大人しそうな彼女とはちがう謎の引力があり、僕はついついマリリンから目が離せなくなる。  そんな僕の視線に気づいたのか、処置なしとでも言うようにジャッキー部長は強引に話をそらした。 「えーと、まああれだ。発声練習に行くぞ。二週間ぶりだからな。みんなそれなりに口が鈍なまってるだろ。腹から声を出せば、だいたいのことはどうでもよくなる。よし、行こう。今すぐ行こう」 「はーい」  さっと踵を返した部長にマリリンが続く。 「待って、待ってくださいよ!」  僕は慌てて二人の後を追いかけて、部室のドアから飛び出した。
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