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8.夏休み前
「部長これ、本気ですか?」
部長に手渡された放送部の夏休みの予定表にはみっちりと予定が書きこまれていた。あっ、休みあるじゃんと思うとそれは希望者のみ参加の補習の日で、残念ながら前回のテストが今一つだった僕は、問答無用で母に全科目の補習に申し込まれている。
しかも集合時間は朝8時だ。これじゃあ普段とまったく変わらない。僕らの夏休みはどこに行った。
「本気です。ちゃんと休みもあるだろ」
「休みって言ってもお盆の部活禁止期間だけでしょ、これ」
僕は予定表をばんばん叩く。
「よく見ろ。お盆休みより前後一日ずつ長い」
「二日だけじゃん!」
悲鳴のような僕の言葉を、ジャッキー部長は冷静に却下した。
「文句なら文化祭と体育祭をくっつけた学校に言え」
夏休み明けに行われる多野高祭たのこうさいは初日と二日目が文化祭、三日目に体育祭が行われる。
もともとは三年生が受験本番前にちゃんと楽しめるようにという配慮らしいのだが、残念ながら三日間連続で放送業務を担当する、僕たち放送部に対する配慮はこれっぽっちも感じられない。
「はい」
マリリンが手を挙げた。
「どうぞ、マリリン」
「予定があるときはどうすればいいですか? お盆休みの前におばあちゃんちに行くんですけど」
「そういうのは事前に言ってくれれば大丈夫。ヤブは? 帰省の予定とかある?」
実のところ夏休みは何も予定がない。ないけど、予定があります! って言ってずる休みしてしまおうかという考えが一瞬だけ浮かんで、すぐに消えた。
だって、ジャッキー部長はもし僕とマリリンが休んだとしても、一人でちゃんと学校に来て、黙々とその日の業務を遂行するはずだ。
そんなの申し訳なさすぎるし、そう思ってしまった時点で小心者の僕はそんな『ずる休み』は楽しめない。
「僕は何もないです。けど、ジャッキー部長こそ大丈夫なんですか、帰省とか。そもそも部長、受験生でしょ?」
「じいちゃんばあちゃんは両方とも徒歩15分圏内に住んでるから、帰省もなにもないし。受験勉強は日頃からちゃんとやってるから問題ない」
きっぱりと言い切った部長に、僕はぱちぱちと拍手をする。
「なんだよ?」
「いや、そんなセリフ一回でいいから言ってみたいなあと思って」
部長は額に手をあてて、大きくため息をついた。そんな露骨にめんどくさいって顔をしないでください部長。
「はい、そんなヤブにマリリンから一言」
突然丸投げされたマリリンが目を見開く。
「え、私ですか?」
部長は黙ったままうなずく。
「えっと、言えるようにがんばればいいじゃないかな。普段からちゃんと」
すごく真っ当な言葉で切られた。
ヤブの精神に50のダメージ!
「……がんばります」
普段からがんばるのは、たぶん僕の最も苦手とするところだ。だいたい僕はコツコツ型ではなく一発逆転型なのだ!って言いたいところだけど、ちゃんと一発逆転できたことは実のところあまりないから、そろそろコツコツ型への転向を考えた方がいいのかもしれない。
ジャッキー部長は大きく息を吸い込むと、張りのある声で言った。
「よし、ヤブも静かになったところで、たぶん色々大変だと思うけどよろしくな、二人とも」
僕とマリリンはそれぞれ返事をする。
「はい」
「はーい」
これから僕たちの熱い夏が始まるのだ。
……たぶん。
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