化け物の嫁

1/1
前へ
/11ページ
次へ
「よいか。お前は化け物の(にえ)となるためだけに生まれたのだ。決して逃げ出すのではないぞ」  忌々し気に言葉を吐く父には、子に対する親としての情の欠片もない。こうして言葉を交わすのも嫌なのだろうということは態度から見て取れる。それでも私が万一にでも逃げ出して、災いが彼らに降りかかるのを恐れているので念押しをしているのだ。  手首をきつく拘束され、足もお堂の柱から伸ばされた縄で繋がれた私に逃げ出すことなど出来るはずもないのに。もとより逃げ出す気もないが。  父の仕打ちにも、私は特に心動かされることなく無言で頷いた。動きに合わせて大きな綿帽子が揺れる。父は私が頷いたのを確認すると、寂れたお堂の扉を固く閉め、この場所を恐れるように足早に去って行った。  私の今日の装いは、いつもの端切れを繋いだ襤褸ではなく、染み一つない白無垢に顔を覆い隠すような綿帽子。痩せすぎの体を誤魔化すため、たくさんの布を巻いている。それでも裾から覗く細い手首はどうしようもなく、腕にかけられた縄によってさらに細く見えていた。  今日、私は化け物への花嫁(いけにえ)となる。   私が生まれる前に交わされた、約束を果たすために。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加